小話
□世界で一番暑い夏
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司令部には似つかわしくないハイヒールの音が廊下に響いた。かつかつと規則正しく音をたてながら早足であるく長身黒髪の美人はよく似合う黒いタイトなドレスを着ている。広く大胆に開いた胸元には入れ墨がひとつ。
ドアの前に立ち、美しい口元を笑みの形に作る。そこだけ紅い口紅がひどく艶めかしい。傍を通る軍人達はみな、司令部に不自然なその姿を咎めるのも忘れて見惚れ通り過ぎた。それに満足して、ラストは改めてドアに向き直った。
ノックもなしにいきなりドアを開けるラストに、中にいた者達は弾かれたようにそちらを振り返った。
窓際中央の大きなデスクにマスタング大佐。その前に折り畳み椅子を置いて鋼の錬金術師がちんまり座っている。デスクの前からこちらへ向かって並ぶ机にはブレダ、フュリー、ファルマン、ハボック。そして書類を手に立ち上がろうとしていたホークアイ。
「お久しぶりね」
ラストは他のすべてを無視してホークアイに向かって言った。
「半年ぶりかしらね」
ホークアイは無表情に応じながら、ラストが手に持っている封筒を見た。
その視線に気づいて、ラストは封筒を顔の高さにあげてひらひら振って見せた。
「……あなたは?」
なにがとも言わず問えば、ホークアイも机の引き出しから同じ色の封筒を出して見せる。
「おかげさまでね」
そのまま二人はしばらく黙って見つめ合った。まわり中が固唾を飲んで見守っている。
というか、なにがなんだかわからないからなにも言えないだけなのだが。
ラストとホークアイはお互いしか見えていないらしい。どちらからともなく不敵ににやりと笑って見せると、謎の封筒を引っ込めた。
「今回は私がいただくわよ」
自信たっぷりな口調でラストが言う。
「あいにく私も自信があるわ。今回も勝たせてもらうわよ」
相手を見据えてホークアイが言った。それからふっと鼻で笑って付け足す。
「またどうせマイナーでしょ?あなたそのへん感覚ずれてるものね」
「あら。王道なんて飽きられるのも早いし、他に腐るほど似たようなものがあるじゃないの。マイナーはその点希少価値が高いのよ」
見えない火花が散っているような気がして、誰もなにも言えなかった。王道とかマイナーとかいったい何の話なんだ。そもそもさっきの封筒、あれはなにが入っていたんだ。
「それに今回は私、違うカップリングでいくから」
ラストはちらりとロイを見た。
「ああ、新しく始まったアニメではやたらに受くさいものね」
ラストの視線を追ったホークアイが頷いた。
「じゃ、相手は誰でいくつもり?」
「そうねぇ。ヒューロイかと思ったけど、今から出番が増えそうだしハボロイがいいかしら」
言われてロイとハボックは顔を見合わせた。暗号か?
「ま、そーゆうのも悪くはないけど、やはり主人公がいないとね。私はまたロイエドでやるわ」
ホークアイの言葉にエドワードが顔をあげた。なに今の。オレの名前混ざってなかった?
「ちょうどネタならいくらでも拾えるし、新刊3冊くらい軽そうよ」
「さ………」
一瞬怯んだラストは、慌てて胸を張った。
「私だってネタはあるわよ。5冊くらいはいけるわね」
「5…………」
ホークアイとラストはまたしばらく無言で見つめ合い、それから乾いた笑い声をあげた。どちらの額にも冷や汗が浮かんでいるような気がする、と一同は黙ったまま縮こまった。
「じゃ、またビッグサイトで」
「ええ。また」
ラストは来たときと同じく、ヒールを響かせて出て行った。
ホークアイは書類を抱え、ロイのデスクにそれを置いてから一礼した。
「では私は午後から非番ですのでこれで」
「ち、ちょっと待て」
慌ててロイは立ち上がった。
「今の会話はなんだ?なんか私やハボックや鋼のの名前が含まれた暗号が……」
ホークアイはロイの顔を見つめた。
「それは、知らないほうが幸せと思います」
言葉の出ないロイにまた一礼して、ホークアイはさっさと部屋を出て行った。
更衣室で急いで着替え、まわりに挨拶もそこそこに司令部を飛び出して家路を急ぐホークアイの頭の中は、ロイとエドワード出演のピンクな妄想でいっぱいだった。
早く帰って描かなくちゃ。あの女新刊5冊とかマジかしら。ハッタリとは思うがわからない。できるだけ頑張って1冊でも多く出さなくては。
ラストも自宅の机で唸っていた。なにあの女のあの余裕は。ほんとに新刊3冊やる気かもしれない。今回は負けられないわ。ああ、ハボロイとか言わなきゃよかった。ハボックの頭は描きにくくて時間がかかる。いっそ剃ってやろうかしら。
スペースナンバーが印字された封筒が飛びかうこの時期、オタク達の戦いの日々が幕を開ける。
疑問を問えないまま首をかしげる主人公達を置き去りに、熱い夏が今年も始まろうとしていた。
END
当落検索ってなんであんなに心臓に悪いんですかね。
てことで思いつきの小ネタです。カプは別にアレはダメとかコレがいいとかじゃなく、単にセリフで言わせただけ。王道もマイナーもどちらも好きです。
気になればどうぞ→続き
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