小話

□おちびさんとオレ
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「うっす!久しぶりだねーおちびちゃん」

エドワードが露骨に嫌な顔をする。
司令部の廊下で、向かいから歩いてきた金色の子供に、エンヴィーはにこにこと手を振った。嫌われているのは承知の上。エドワードの反応はいちいち素直で、からかって遊ぶのが楽しいんだから仕方ない。
「元気だった?背ぇ伸びた?あんたにもオレみたいな変身能力があったらよかったのにねー!」
ぐりぐりと頭を撫でながら上機嫌でべらべらしゃべるエンヴィーに、エドワードがなにか怒鳴ろうと口を開ける。
が、すぐに閉じた。
なにも言わないエドワードなんて、珍しすぎる。具合でも悪いんじゃないのか。
「どーしたの?」
「……………」
エンヴィーの問いかけを無視して、エドワードは背中を向けた。
そのまま、なにやらぶつぶつ言い始める。
「……?」
エンヴィーはそっと近づき、呟きに耳を傾けてみた。

「………恨んでやる」

エドワードの声は地を這うように低く、呟く口調には抑揚がない。

ホラー映画に出てくる、おばけみたいな。

首を振って想像した映像を振り払い、急いでエドワードの前に回って肩をぽんぽん叩く。
「や、やだなー冗談くらいでマジになっちゃって!ね、おちびさ………」

「呪ってやる。死ぬまで呪ってやる」

暗い顔で下を向いて、エドワードはただ呟くだけ。

「死んだら化けて出てやる。祟って憑いて、この先てめぇが写真撮るたび後ろに笑顔で写ってやる」

「わー!その声やめろよ怖いよ!」
両手で耳を塞いでみた。けれどエドワードの声は低いくせに無駄に耳通りがよくて、そんな防御なんて簡単にすり抜けてくる。
「もう言わないから!ちゃんと呼ぶから!オレマジそーゆうオカルト系ダメなんだよ!」
必死に謝るエンヴィーを見上げて、エドワードは暗い表情のままにやりと笑った。
「知ってるぜ。こないだラストに聞いたから」
「……あんのクソババ…」
余計なことを、と呟くエンヴィーに、エドワードは勝ち誇った。両手を腰にあて、足を軽く開いて胸を反らす。ふんぞりかえったそのポーズで、
「じゃ、たった今から呼び方をかえてもらおうか」
「……なんて呼べばいいんだよ」
「エドワード様と呼べ」
「はぁ?何様なんだよ、おま…」
思わず文句を言ってしまい、慌てて口を閉じる。けど、遅かった。エドワードはまた顔を下向き加減にして目だけでじっとり睨んで、

「てめぇが寝たらドアをとんとん叩いてやる。階段をギシギシさせて昇り降りしてやる。クローゼットや引き出しとか、何回閉めてもこっそりちょっぴりだけ開けてやる」

「それ怖い!マジ怖いって!」
耳を塞いで座り込んで、エンヴィーは仕方なく頷いた。
「わかった、エドワードってちゃんと呼ぶから!」
「様が抜けてる」
「いーだろもうそんなん」

「……夜中にカーテンの隙間から無表情で部屋を覗きこんでやる」

「あああ!もう夜にカーテンのほう見れない!」


エンヴィーは逃げ出した。

それを追っかけて走るエドワードはこの上なく楽しそうだ。

「待ぁぁぁてぇぇぇ!」

「その声やめろってばー!」

「ヒーッヒッヒッヒ!」

「誰か助けてー!」


司令部中を走り回る追いかけっこ。すれ違う者は皆忙しそうで、エンヴィーの危機に気づくことはない。

息があがり、心臓が限界を訴えてきて、エンヴィーは後ろを振り向いてみた。走りっぱなしなんだ、人間であるエドワードのほうが先にバテるに決まってる。なのにエドワードは元気に全力疾走していて、悪魔のような笑い声をますます楽しそうに廊下に響かせている。

ダメだ。

あいつ絶対本物の悪魔だ。おとぎ話とかに出てくるゴブリンだ。金色の瞳は魔物の証って、そっち系の本に書いてあったけど、本当だったんだ。

誰か。

誰でもいいから、誰かぁぁぁ。



「うるさいぞ。なにを走り回ってるんだ」
ロイが部屋から出てきて、真っ青な顔で今にも死にそうなエンヴィーを見た。それからその向こうを見て、嬉しそうな笑顔になる。
「鋼の、来てたのか。食事に行かないか?」
「うん、行くー」
悪魔から一気に天使の笑顔に変身したエドワードが、にっこりと頷く。すっかりそれに魅了されてしまったロイは、二人がなぜ走っていたかなんてどうでもよくなったらしい。天使の肩を抱き、上機嫌で歩き出す。
ちらりと振り向いたエドワードが、すっきりした顔でエンヴィーに手を振った。

「た、助かった……」

へたり込んでほっと息をつく。エドワードは今日はもう司令部に来ないだろうし、今のうちにどっか逃げてしばらく帰らないことにしよう。うん、それがいい。
しかしマスタング将軍は、エドワードのあの悪魔顔を見ても怯むどころかすごく嬉しそうだったけど、大丈夫なんだろうか頭とか。それともあれが愛の力というやつか。人間の気持ちは人造人間には理解できない。ていうか人間にも理解できないんじゃないか。

考えながら立ち上がったエンヴィーの耳に、かたん、と小さな音が聞こえる。
はっとして振り向くけれど、廊下には誰もいない。

かたん。

また小さな物音。

窓の外を見る。木々が揺れ、ざわりと鳴った。

夕方になって、風が出てきたんだ。それで窓に小枝が当たって、小さな音を立ててる。

ほっとしたエンヴィーが、帰ろうと歩き出した。

ぎぎぃ。

背後で、ドアが軋む音が。

「………………か、風、だよな?」

ぱさ。

びくっとして振り向く。

どこかの窓が開いているのだろう。開いたままのドアが揺れ、壁の画鋲が落ちて、貼られた掲示物がひらひらしている。

エンヴィーは周囲を見回した。
風に揺れる木々。誰もいない廊下。空は紅色から黒へと変わるところで、あたりを暗褐色に染めている。

「……………………えーと。か、帰ろう、かな…………」

呟くけれど、体が動かない。

時折遠くから誰かの声。
どこか別の階から聞こえる、靴音。

……………めっちゃ怖いんだけど。

金縛りは、夕勤の軍人たちが出勤してきて賑やかになるまで解けなくて。

解けた瞬間ダッシュで逃げ出したエンヴィーは、自室に戻ってドアを閉め、毛布にくるまって震えていた。




「どこ見ても何の音がしても、どっからかちっさい悪霊が出てきそうな気がする………」

それからしばらく明かりを消して眠ることができなかったことは、誰にも言えない。






END

オカルト苦手な人って、そう言いながらそっち系特番見たり本読んだりしますよね。そんでいやに詳しかったりすんの。

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