小話

□メリー・クリスマス
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書類は山積みだし、まわりはバタバタ忙しいし、年末に入ってからまったく落ち着いて考える暇がなかったわけだが。

しかし、そうも言っていられない。決戦の日が、明日に迫っているのだ。
というわけで、私は頭が忙しい。書類なんぞそこらへんに放っとけば、そのうち誰かがやっといてくれるんじゃないか。なんかほら、小人さん的な誰かが。
そんなことより、明日だ。昼に到着する列車が駅に停車する前にホームに立っているには昼前に司令部を素早く抜け出す必要があるが、どこからどうやって脱走すれば見つからずに外に出れるだろうか。また、見つかってしまった場合の逃走ルートは。万一捕まったときの言い訳は。
綿密な計画を立てなくては、実行は難しい。さて、どうしたらいいか。

「さて、じゃねぇよ。あんたの頭ん中どうなってんスか」
どうなってるもこうなってるも。きたるクリスマスのことで一杯に決まってるだろう。わからないとは、おまえじつは本物のバカか。
「真性のバカに言われたくねぇな」
誰のことだ。表に出ろ貴様。
「小人さんがどうこう言ってるあたりがもう危険だってのに、今のこの状況で脱走計画とかアホかと。表に出る暇があったら仕事してくださいよ」
上司に向かって言いたい放題だなおまえ。
「まだ言わずに我慢してることはたくさんありますが。言っていいんスか」
いやいい。聞きたくない。

デスクに座った私の前に立つハボックは、頭はぼさぼさで無精髭が伸び、軍服もなんとなく薄汚れている。ハボックだけじゃなく、みんなそんな状態だった。もちろん、私も。年末だクリスマスだとテンションが上がるのは一般市民たちだけではなかったようで、そこら中のテログループが張り切って活動を始めたのがひとつ。先日降った大雪で雪崩に道路が塞がれたままで、その復旧作業がなかなか進まないのがひとつ。そして恒例の年末進行というやつがひとつ。今年の仕事は今年のうちにというわけだ。正直言って仕事が残ったままでも時計が0時を回れば新年は来ると思うのだが。なぜ焦って片付けなくてはならないのか理解に苦しむ。
「年末になると必ずおんなじことぶつぶつ言ってるあんたのほうが、理解に苦しみますがね」
いや。今年は真剣なんだ。今後の私の人生がかかっていると言ってもいいくらい、大事なクリスマスなんだ。なにがなんでもうまくいかせるためには、やはり計画はしっかり立てなくてはならないだろう。
で、脱走なんだが。なんかいい手はないか。
「あったらオレが真っ先に脱走してますって」
用事もないくせに脱走してなにをする気だ。ていうかおまえの脱走はどうでもいいから、私だ。なんかないか、中尉に見つからずに抜け出す方法。
「あるわけないっしょ」
そこをなんとか。
「仕事全部済ませて、堂々と帰ればいいじゃないスか。どっちにしろ、あんたのそのナリじゃ風呂入って着替えねぇとデートどころじゃないしさ」
臭うかな。
「さぁ。みんな同じだからわかんねぇけど、さっき事務官が来て、帰るときは鼻つまんでたぜ」
ではやはり着替えなくてはならんか。くそ、さらに早く抜け出す必要があるじゃないか。いっそ休むか。突然腹痛が襲ってきたことにすれば、
「来なかったらもっと怖いことになるかもよ」
不吉な予言はよせ。それでなくても今、書類ができていないことで怖い目にあいそうな予感がしているのに。
「とにかく仕事しようぜ。あんたが書類作ってくんなきゃオレたち動けねぇよ」
ああ、そうか。ハボックはテログループ関係の書類を取りに来たんだっけか。
「取り調べを終えなきゃ、報告書も作れねぇ。早く終わらせて、拘置所にいる連中を片っ端から中央に送っちまおうぜ。でなきゃクリスマスも新年も永遠に来ねぇぞ」
敬語がどっか行ったな。まぁいい。だがクリスマスが来ないのは困る。

私は立ち上がった。時計を見れば、もう昼過ぎ。あと丸一日もないではないか。



まず拘置所から泊まり客を引きずり出し、尋問。さぁ貴様、どこから燃やしてほしい?私からの問いは、これだけだ。
それだけで非常に饒舌になる犯人たちの言葉をハボックが慌ててメモる。私は忙しいので、尋問の時間は一人5分。一時間もしないうちに、全員分の調書が揃った。
「なんで最初から動いてくんねぇんだか…」
ぶつぶつ言いながら書類をまとめて報告書を作成に行くハボック。それを見送ってから、次へ行く。

中尉はいるか。
そう問いながら部屋に入ると、眉間に深いシワを刻んだ中尉が書類を置いて立ち上がった。
「なんか用?」
すごい返事がきた。どうやら忙しすぎて相当機嫌が悪いらしい。
それを宥めすかして車を廻させて後部座席に乗り込むと、早速アクセル全開の高速走行となった。前に見える車はすべて抜き去り、郊外へと向かう軍用車。揺れ放題でちょっと気分が悪くなったが、なにか言うとさらに大変なことになりそうなので我慢した。
「こちらです」
ようやく停まった車からふらふらと降りて、指されたほうを見る。山から雪崩れた雪が、道路を完全に塞いでいた。
近づくと、現場で指揮を取っていたブレダが振り向いて敬礼する。どうなってるんだ、ここは。まったく進んでないじゃないか。
「雪が凍ってしまってまして。シャベルじゃ掘れねぇからつるはし持って来させたんですが、木とか混ざっててなかなか難しくて」
あちら側には誰かいるのか。
「フュリーがいます。無線繋がってますが、話しますか?」
いやいい。それより、付近にいる一般市民をなるべく遠くに避難させておけ。
ブレダが命令を無線で伝えると、フュリーからも了解の返事がきた。
少し待ち、周囲が軍服しかなくなったのを確認してから手袋を装着。
指を軽く擦る。氷の塊となっていた雪が、爆発音とともに砕け散った。
軍服たちから歓声があがる。
そして、それはすぐに悲鳴になった。
爆発で舞い上がった氷や木が、重力に従って落ちてくる。逃げ惑う部下たちの頭上に降り注ぐそれらは、直撃すれば無事ではすまないと思わせるにじゅうぶんな大きさだった。
そしてまた指を擦る。目の前で砕けた氷が四散し、機関銃のように地面や車に穴をあける。
そしてまた指を。
「ちょ、准将!死人が出ます、やめてください!」
ブレダが叫ぶように言うが、知ったことではない。私は非常に忙しいんだ。
やがてフュリーたちがいる側に近づいてきた。もうすぐ貫通だ。そう思って焦ってしまったようで、ちょっと手元が狂った。
「じ、准将!火事です!」
部下たちが口々に言ってそっちを指す。周囲に立っていた木や、まわりを囲む茂みから煙があがったかと思うと、次の瞬間燃え上がった。たちまち周囲は煙に包まれ、視界が覆われる。
「こんなこともあろうかと、消防隊を呼んでおいたわ!」
中尉が手をあげると、煙の向こうからサイレンを鳴らしながら消防車が走ってきた。隊員たちが飛び降りてきて、ホースを伸ばして放水を始める。
よし、あっちはあっちで大丈夫そうだ。ではこっちはこっちでやらせてもらうか。
ぱちん。どっかん。ばっしゃん。
爆発、炎上、放水。繰り返しながらも雪はどんどん減っていく。
『ブレダ少尉!なにがあったんですか、なんか穏やかじゃない音が聞こえてくるんですけど!』
無線機からフュリーの悲鳴のような声が聞こえてくる。
『しかもなんか近づいてきてませんか!?ああっ、隕石だ!隕石降ってきた!』
うむ、舞い上がった氷が向こう側に落ち始めたようだ。ゴールは近いな。では、もう一度。
『うわぁぁぁ!』
でっかい氷を弾き飛ばしたら、一気に道路が貫通した。その向こうには、ぐしゃぐしゃに潰れた軍用車が数台と、倒れて動かない軍人たち。そこら中に木片や氷が散らばっている。最後に飛ばした最大級の氷は、大木を倒してその向こうに落ちて割れていた。周囲の森からはぱちぱちと火がはぜる音がしていて、煙がゆっくりと視界を奪っていく。
「じ、地獄だ………」
呟いてかくんと気絶するフュリー。大丈夫だ、反対側も似たようなものだ。
さて、終わったことだし帰るとしよう。中尉は生きているだろうか。
「ご心配なく」
すぐ後ろから声がするので、驚いて振り向く。私の背中に張りつくようにして立っていた中尉が、時計を確認して頷いた。
「まだ時間はあるわね。今から帰れば書類整理に間に合うわ」
いや待て中尉。なぜこんなにくっついてるんだ。私の背中で暖を取っていたようにも見えないが。
「おかげさまで私は無事です。では、車を取ってきます」
それはあれか、私を盾にしていたということか。世界のすべての女性を守ることは私の使命だと思っているが、きみをそこに含むのは間違っている気がするんだが。
「帰りましょう。ブレダ少尉、報告書を頼んだわよ。フュリー曹長にも起きたら伝えてね」
「………………はい」
いまだ燃える山を見て、全滅した部下たちを見て、ブレダはため息をつきながら返事をした。
「どう報告すんだよコレ……怪獣でも出たって書きゃいいのか………?」
ふむ。まぁ山火事に発展した原因としては、妥当かもしれない。私の名前を出されてはいささかまずい気がするし、ここは雪崩事件解決の手柄をブレダに譲ることにして。うん、私はなんと立派な上司なのだろうか。



帰って執務室に座り込んで、書類の山と向き合う。あの山みたいに燃やしてしまえたらどんなにか気分がいいだろうが、あとが怖いから仕方がない。サイン、するしかないか。
そこで引き出しを開け、こんなときのための秘密道具を取り出した。ちゃらりらーん、というあの青いタヌキロボットの効果音が頭の中だけに響く。
ハンコ。
しかも私が書いたサインで作った、書類専用のハンコだ。ちゃんとサイズに合わせたスタンプ台も買ってきている。
書類を重ね、サインが必要な箇所にそれをぺたぺた押していく。おお、早い。あっという間に書類ができあがるではないか。かわりに内容はさっぱりわからないが、この際目を瞑ろう。どうせ読もうが読むまいがサインはするんだ。



こうして、夜明けまでにすべてのミッションを終えた私は、堂々と自宅へ帰ることができた。風呂に入って髭を剃り、私服に着替えて家を出る。まだ列車の到着までに時間はあるが、緊張でじっとしてなんかいられない。

シミュレーションを繰り返し、まわりの痛い視線にも気づかずぶつぶつとセリフを呟き続け、列車の到着を知らせるベルにはっとして立ち上がる。

停車した列車のドアが開き、待ち望んだ色彩が目に入る。

寝不足の目に刺さるくらい鮮やかな、金色。

「あれ大佐、なんでこんなとこにいんの?ってなんだよその隈!なんかあったのか?」
寝不足の耳から頭に突き刺さるような、でも聞きたくて仕方がなかった声。
ちょっと忙しかったんだ。でもやっと一段落したからね、きみを迎えにきた。
「わざわざオレを?別によかったのに。それよか一段落したんなら寝てれば?顔色が死んでるぞアンタ」
どんな顔色なのか見てみたいが、それはあとでいい。

きみを誘いたくて。クリスマスを、一緒に過ごしてくれないか。

「……………いい、けど………」

戸惑う鋼のに、その先を言うのは勇気が要った。

できれば年末も年始も、……これから先ずっと、私と、一緒に過ごしてほしいんだ。

「……………………」

真っ赤になった頬が、返事のかわり。

そっと手を繋いでも、嫌がる素振りもなくて。

その日の夕方にはハンコがバレて、ハンターと化した中尉から逃げ回ったりもしたけれど。

それでも、幸せ。





ただ、ハンコがなぜバレたのかが気になる。次はもっとうまくやらなくては。



END,

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