小話3

□見守る瞳
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年に一度、国家資格の更新が必要なのと同じように、軍に所属する者すべてに課せられる義務がある。
バイトやパート、掃除のおばちゃんから大総統に至るまで、全員にその通知が行く。
その日は軍は実質開店休業状態になる。会議室や多目的ホールなど、あらゆる場所がその義務のために使用されるからだ。軍関係者は一枚の書類を片手に、一日中あちこちに散らばる会場を半裸でうろうろとさまよい続けることになる。無論女性はまた別に用意された会場があるが、そちらへはオレは行ったことがないので知らない。

というわけで、今年もその通知がきた。錬金術師として一応軍属に名を連ねる身としては、参加しないわけにいかない。嫌だけど。

「別にいいじゃない。無料なんだし」
「値段の問題じゃねぇっつの。これはデリケートで繊細かつ重要な問題でだな」
「……そこまで言うことなの?たかが身長測るくらいで」

アルはわかってない。
つーか誰にもわかるわけない。オレ様のこのガラス細工のごとく儚い心のうちなんぞ、人並みの身長を持つ奴になんかわかるもんか。

「そのガラスって絶対防弾ガラス並みに分厚いよね。しかも毛とか生えてそう」

毛が生えた防弾ガラスって、なに。

弟と口喧嘩しながら、オレは手にした書類を眺めた。ほとんどの項目は埋まり、空欄はあと二つ。レントゲンと、身長測定。

半裸の男でごったがえす、むさくるしくも暑苦しい空間を、弟と二人で健康診断中。

軍人の家族は普通は自宅に案内が届き、指定の病院にて代金軍もちで簡単な検診をしてもらうことになっている。
なのになぜアルだけここにいるかというと、あのバカ二人組のせいだ。
『きみが他の男に肌を見せるなんて耐えられないが、きみの健康は何物にも代えがたい至宝。そのためには検診を受けることを認めるしかない』
『でもやっぱ、野獣だらけの中に半裸のおまえを一人で放り出すなんて絶対嫌だ。きっと絶対あんなことやこんなことを妄想したり隠し撮りとかして一人でこっそりとかする奴がいるに決まってる』
『そういう連中を片っ端から燃やしていたら、うちは女性しかいなくなってしまう。それは困るからな』
『そう。だから、おまえ一人での参加は認めらんねぇ』
そういう独自の理論を展開した二人がアルも一緒にと大総統に頼みこんで、結果特例として弟がここにいる。二人は将軍職とその側近てことで、下士官より先に午前中に検診を済ませた。普通に検診を申し込んだオレは、その他の連中と一緒に午後の検診になったんだ。
国家錬金術師の特権としての少佐相当の地位を利用すればいいのにと二人にはぶつぶつ言われたが、普段特になにをするでもなく本部をうろついてるだけのオレが、偉そうに将軍たちと同じ扱いを受けるわけにはいかない。

ていうか。
半裸で歩き回ってたりなんかしたら、他の誰よりあの二人が危ない気がしたから。
これは絶対、考えすぎなんかじゃないと思う。

特に問題もなく、スムーズにここまできた。あと二つクリアすれば、このむさくるしい空間から抜け出すことができる。
「……レントゲン行くか」
「兄さん、後回しにしたって無駄だよ。結局身長は測るんだから」
「………………」
オレは現実から目を逸らし、中庭に出た。レントゲンを撮るための車はそこにとまっていて、数人が順番待ちをしている。
「二人とも、お疲れ。他はもう終わった?」
車から出てきたフュリー曹長がにこにこと話しかけてきた。
「ここと、あと身長だけです」
笑顔で答えるアルに頷き、
「そっか。ボクは終わったから仕事に戻るよ」
二人が戻ってきたらお茶にしようね、と言って、曹長がオレの頭にぽんと手をやった。
その瞬間、曹長の眼鏡が燃え上がる。
「すっ、すいません准将!もうしません!」
眼鏡をはたき落とした曹長は、半泣きで走り去った。
建物を見上げると、慌てたように窓から隠れる黒髪が。
「准将いい加減にしろ!てめーあとで話があるからな!」
どこから見ているのか、体の一部が燃えた奴はこれで23人目。別にセクハラされたわけでもないのに、過剰防衛もいいところだ。
「あれ、二人とも。まだ終わらないの?」
ブロッシュ軍曹が、半裸の集団の向こうから片手をあげて声をかけてきた。
「はい、あと二つです!」
応えるアルに、ブロッシュ軍曹がこちらに近づいて来ようと歩き出す。
その瞬間、軍曹が消えた。
残像だけを残して文字通りかき消すようにいなくなった軍曹を探して、オレたちが駆けつけると。
側の建物の陰に気絶した軍曹が放置されていて、その向こうに建物を回って隠れる金髪。
あたりに漂う嗅ぎ慣れたタバコの匂いに、オレはまた声を張り上げた。
「少尉!あとで話があるから覚悟しとけ!逃げんじゃねーぞ!」
それから、周囲をそっと見回す。まわりの皆は目をさっと逸らし、何事もなかったように検診に戻っていった。
オレに声をかけた直後に消え失せて、のちに気絶した状態で見つかった奴はこれで38人目。
サスペンスドラマを地でいくこの事件に、とうとう皆オレと目を合わせようとすらしなくなってしまった。
「あっははは、軍曹ってばおっかしー!」
頭にタンコブ、鼻に花を挿されて気絶している軍曹に、指までさして大爆笑のアル。
「二人とも頑張ってるよねー。中尉がいないもんだから、仕事サボりっぱなしなんじゃないの?」
アルは他人事だからとっても気楽だ。二人とも仕方ないなぁなんて言いながらレントゲン車に戻っていく。
中尉は他の女性軍人や事務官たちと一緒に、どっか違うところで検診中だ。歯止めがきかないあの二人の暴走を、止めることができる人は他にはいない。
こうなったら、早く済ませてさっさと服を着るしかない。でないと本当に、准将が言ったように本部には女性しかいなくなってしまう。

「はい息吸ってー」
眼鏡をかけてひょろっとしたレントゲン技師が、黒い板に抱きついたオレに声をかける。
他に誰もいない空間。オレと技師の二人きり。
嫌な予感がして窓を見ると、黒と青の瞳とがっちり視線が絡み合った。
「………………」
無言で睨みつける。
二人はさっと隠れていなくなった。
油断も隙もない。技師が燃やされたり消えたりしたら大問題だ。来年から軍の検診に来てくれる技師がいなくなってしまうじゃないか。
「はい、息吐いてー」
思い切り吸い込んだ息を、思い切り吐き出す。
「吐いてー」
吐き出す。
「もっと吐いてー」
どんだけ吐かすんだよ。
「はい、止めて!そのまま、じっとしてくださーい」
死ぬ。
「はい、いいですよ。次の人ー」
あんだけ吐かしたんだから、吸っていいよくらい言えよ。酸欠で頭がくらくらしてるじゃねぇか、身長減ったらどうしてくれんだ。

ふらふらしつつ車から出ると、アルが笑顔で待っていた。
そのまま腕を掴まれ、連行された先は。
「ほら、あとこれだけだから。素直に計ろうね」
身長計に並ぶ列の、最後尾だった。

神様、今すぐ身長伸ばしてくれたらもう我儘言いません。好き嫌いなくなんでも食べるし、早寝早起きもします。宿題もちゃんとやります。だからどうか。

「子供じゃないんだから」
オレの真剣な祈りを、アルがばっさりと斬った。
「小学校の頃、そういや兄さん宿題ちゃんとしたことなかったよね。今さら祈っても、神様許してくれないと思うよ」
なんて心の狭い神様なんだ。アメストリスの神様なんかもう知らねぇ。じゃあシンの神様に祈って、
「どこの神様でも同じだってば」
アルが冷たい。おまえの心はドライアイスでできているのか。

そんなことやってる間に、列はどんどん進んでいく。身長計の近くまできて、計る声が耳に届くようになってきた。
「はい、175センチね」
聞こえた数値が胸に刺さる。5センチでいいから寄越しやがれ。
「はい、あなたは180センチね」
なに食ったらそこまで伸びるんだ。遺伝か。遺伝なのか。くそ親父、今目の前にいたら首を絞めるのに。
アルが身長計に上がって背筋を伸ばす。
「はい、173センチ」
死ねよてめぇ。
「はい次。きみ、早くきて靴脱いでここに上がって」
靴を。
それを脱いでしまったら、オレは大変なことになる。だから、
「いいから脱げってば。手伝ってあげようか?」
抵抗するオレを捕まえて、アルが靴を脱がせようとする。
こんなときこそあの二人の出番なんじゃないのか。なにしてんだ、今がオレの最高のピンチだというのに。
見回してみると、側の窓の向こうから二人の瞳がこっちを見ていた。けど、動く気配はない。
まさか。
まさか、あいつら。
「准将と少尉も、兄さんの身長が知りたいみたいだね」
好きな人のことはなんでも知りたいっていうもんね、とアル。

………孤独すぎる。

とうとう靴を脱がされて、身長計に立たされて。
アンテナも体の一部なんです、て言っても無駄。
背伸びしてみたけど、見破られた。
アルに頭頂部にタンコブできるまで殴ってくれって頼んだけど、無視。

「…………じゃあ、ひとつだけお願いが…………」

武士の情けというやつだろうか。
この願いは聞き届けられて。

係の人は、オレだけ身長を読み上げることなく書き込みだけして解放してくれた。

そのあと准将と少尉を追いかけ回し、気がすむまでボコったあと。

オレは家に帰り、寝室の隅っこに丸くなって踞った。




オレの検診結果を書いた書類は、トップシークレットとして機密文書の中に混ぜて。

世界とオレの平和のために、忘れることにした。






END,

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