小話3

□笑ってはいけない
1ページ/1ページ




それは突然のことだった。
いつものように執務室で仕事をしていたら、突然ドアが開いて。
「失礼します」
入ってきたのは、不審者。
「……ブレダ?」
「いえ、私は占い師です」
「…………………」
声と体格は部下のブレダにそっくり。
だがしかし。
「……それは、なんのコスプレなんだ?」
ブレダは黒いローブのようなものを身に纏い、黒い布を頭からかぶり、やはり黒い布で顔を半分覆っていた。
「だから、占い師です」
ああ、路地裏なんかに机を出して丸い玉を載せ、通りかかる者に声をかけて金をせびるアレか。
「あんなインチキと一緒にしないでください」
占い師ブレダはコホンと咳払いをして、おもむろに懐から丸い玉を出してなにやら呪文を唱え始めた。
なにをする気かと見ていたら、やがて顔をあげたブレダが私を見た。

「なにがあっても、笑ってはいけない」

「………はぁ?」

「では、オレ…いや私はこれで」
不審者ブレダは一礼すると、さっさとドアから出ていった。

なんだ今のは。
なんだか、聞き覚えのあるフレーズなんだが。なんだったかな。

考えても思い出せない。
私は軽く首を振って、デスクに戻った。妙なことに関わっている暇はない。仕事は山積みなのだ。

そうしてしばらく書類と格闘していると、軽いノックとともに再びドアが開いた。
「大佐、こちらの書類なんですが」
我が優秀なる副官の登場だ。私は書きかけの書類をそのままに、ペンを置いて顔をあげた。
「どうし、……………」
問題の書類を持って無表情に私を見る副官が、目の前に立っている。
表情はいつもとまったく変わらない。のだが、服装が。
「……きみ。………それは、いったい………」
「それとはどれのことでしょうか?」
「ええと……いやその。今日は軍服は洗濯中なのか……?」
副官はちらりと自分の着ているドレスを見て、肩を竦めた。
「これは普段着です」
「ふ………………、…………え?」
ミュージカルかなんかでシンデレラとかが着そうな、古風で豪華なドレス。しかもピンク。
「似合いませんか?」
「………いや。うん、いやいや。よく似合ってるが……………」
「ありがとうございます。で、こちらですが。ミスがございまして」
「……………ミス?」
差し出された紙には、大きく真っ黒なマジックで殴り書きのようなサインが書かれている。
下になにが書いてあるかも判別できないくらいのそれは、見覚えのあるくせ字で、『エドワード・エルリック参上!』。
「いやいやいや!なんだこれは!ていうか鋼のが来てるのか!?なんでこんなことを」
「なんでって、サイン。いけませんか」
「……………いけませんか、って……」
無表情な副官。
そのとき、ドアが勢いよく開いて金色の子供が飛び込んできた。
「やっほー!オレ様参上!大佐、生え際は元気か!?」
「はが、………」
書類に落書きをしてくれたことを叱ろうとそちらを見ると。
「なに?」
不思議そうに見上げてくる鋼の。
しかし。
なんで女子高生の制服を着ているんだ。三つ編みもひとつじゃなくて両側にふたつ。けしからん程に短いスカートから、鋼と生身のアンバランスな足がすらりとのびている。
「………………きみ、………………」
「なんだよ」
挑戦的に見つめ返す顔は、いつもの彼なのに。
「…………スカートが、短すぎじゃないのか」
やっと言えた言葉は、それだけ。
「えー、普通だろ?」
気にした様子もなく、鋼のは副官とさっきの書類についてなにやら話を始めた。

普通って、なにが。

尻が見えそうなくらい短いスカートがか。それとも、女装している副官と鋼のがか。
あ、違った。そういや副官は女性だった。忘れてたけど。

呆然と二人を眺めていたら、またドアが開いてフュリーが顔を出した。
「こちらでしたか、中尉」
副官を手招きするフュリーの顔を、まばたきも忘れて見つめてしまった。
「…………フュリー……その顔は………………」
「身だしなみです」
きり、と表情を引き締めて言い切るフュリー。
え、身だしなみ?
そうなのか?
いやいや、アイシャドーやら口紅やらは男の身だしなみとは言わないんじゃないのか?
だが鋼のも副官も特に気にしてはいないらしい。では、私が知らないだけであれが普通なのだろうか。

あの、長さ5センチはありそうなつけまつげも。

フュリーはまつげをばさばさしつつ副官を連れて部屋を出ていった。
あとに残されたのは、女子高生な鋼のと私の、二人だけ。
「大佐、これ報告書な」
書類の束をどさりと置く鋼のに、また溜めていたのかとため息をつく。彼の報告書は溜めに溜めてから出すものだからとにかく量があり、悪筆もあって読むのに時間がかかるんだ。何度も言ってるのに、なかなかきちんと提出してくれない。
「きみねぇ、何度も言うようだが…………」
「ん?」
意識してか無意識なのか、見上げてくる瞳がまっすぐに私の目を見つめてくる。
「…………なんでも、ない」
くそぅ。なんで動揺しなきゃいけないんだ。たかが鋼のが女装したくらいで。

微妙な空気が流れる。

誰か、助けてくれ。
この金色の瞳を私から逸らしてくれるなら、もう怪しい占い師でもシンデレラでもいいから。長さ5センチのつけまつげでも、この際我慢する。
誰か。

必死で願えば、叶うものなのだろうか。ドアが予告なく開き、ハボックが入ってきた。
「大佐、こないだの書類できてる?」
タバコを出して火をつけながら、ハボックが聞く。
「事務局が早く早くってうるせぇんスよ。なんで、早めにお願いしますね」
「………………………」
願いどおり、鋼のの視線はハボックに逸れた。
だが、喜べない。
タバコの箱を軍服のポケットにしまい、鋼のと世間話を始めたハボック。
いつもと変わらないその様子から、目が離せない。

「…………おまえ、なにがあった?」

「なにがって、なにが?」

「いや…………その、それ」

私はゆっくりと、ハボックの下半身を指差した。

「………なんで、下がパンツ一丁なんだ………?」

「え?」

ハボックは自分の足元に目をやり、それから私を見た。

「クールビズっス」

ええええええ。
クールビズってそういう感じだったっけ。半袖とかネクタイ無しとか、なんかこうもっと無難な場所を省略するんだったような気がするんだが。

そこへ副官が戻ってきた。
ハボックを見てもなにか言うでもなく、デスクに新たな書類を置く。そしておやつがあるからお茶にしましょうと笑顔で言い、女子高生鋼のがにっこりと頷く。
その間、二人の後ろで奇妙なダンスをスローで踊る、下半身パンツのみの変態。

私がなにも言えないでいるうちに、三人は連れだって部屋から出ていってしまった。

なんなんだ、いったい。

そのときになって、ブレダの言葉が蘇った。

『笑ってはいけない』

笑うな、と言われても。

無表情なシンデレラや、5センチまつげ。
そしてとどめに、パンツ一丁で踊るバカ。

クールビズ、って。
いくらなんでも、思い切り過ぎだろう。

「………くくっ」

一人になって冷静になり、思い返してしまうと耐えられなくなって。

つい、笑ってしまった。

その瞬間に、どこかから響き渡る声が。

「マスタング大佐、アウトー!」

アウト?
って、なんだ?

驚く暇もなく、またドアが開いた。

さっきあらゆるコスプレをしていた連中が、今度はなぜか黒装束に身を包んでいる。

そして、その手にはバット。

思い出した。これ、あれだ。
笑うと黒子がケツバットしに来る、あれ。

ていうかちょっとこれ、どうなんだ。私一人に対して、なんでこんな大勢なんだ。
いやちょっと、マジで。
そんな人数でケツバットとか、死ぬから。
いやいやいや!ほんとマジで!無理無理無理!

たすけ、…………………









私は飛び起きた。
「ゆ、夢……………」
執務室のソファでうたた寝をしていて、夢を見ていたらしい。
「…………どんな夢だよ…………」
はぁ、と息をつく。
まったく、どうかしてる。あんな夢を見るとは、どういう精神状態なんだ私は。

「…………けど、可愛かったな…………」

ミニスカートの鋼のの姿が、まだ頭にこびりついている。ブレザーの制服や、胸のリボンまで鮮明だ。

「そんな趣味、ない………と、思うんだがな………」

彼は男だ。
わかってる。

わかってるけども。

なんだか胸が苦しくなって、動悸が激しい。
なんとなく、頬も熱いような。

風邪だ、きっと。
変なところで熟睡してしまったから。
うん、きっとそう。

執務室を出て、皆のところに行ってみた。なにか書いていたフュリーが顔をあげて挨拶してくる。もちろん化粧はしてないしつけまつげもない。
「お疲れさまです、大佐」
「やぁ、なにかあったか?賑やかなようだが」
言いながら部屋の奥を見る。

そこに、ハボックが立っていた。

下半身、パンツ一丁で。

「……………な、」

まさかあれは現実だったのか。
思わず周囲を見回す私に、ハボックが苦笑してみせた。
「コーヒーこぼしちまったんスよ。今中尉が洗ってくれてるんス。大佐、着替え持ってねぇ?」
「………………あ、ああ。いま、持ってくる」
執務室に戻りながら、めまいのする頭を片手で押さえる。

コーヒー。うん、そりゃそうだ。こぼすこともあるし、それなら脱いでも当然だ。
うん、大丈夫。あれは夢なんだ。
うんうん、大丈夫。私は大丈夫。

頷きつつ執務室に戻り、ロッカーから予備の軍服を出す。丈が足らんかもしれんが、贅沢は言っていられないだろう。我慢してもらうしかない。
それを手に、部屋から出ようとドアに向かう。

そのドアが、勢いよく蹴破られた。

「うっす大佐!来てやったぜ!」

いつもの三つ編みに、いつもの服。
普段通りの、女子高生じゃない鋼のがいつも通りの邪悪な笑顔で飛び込んできた。

「………どしたの?」

「いや………なんでもない」

とたんにまた激しくなる鼓動に、思わず胸を押さえた。

怪訝そうに見上げてくるのは、夢と同じまっすぐな瞳。

やっとわかった。

私は、この瞳に恋をしていたんだ。

「具合でも悪い?オレ、出直したほうがいいかな」
「大丈夫だよ。それより久しぶりだな、鋼の。なにか収穫はあったか?」

無難な話をしながら、ハボックへ服を届けるために部屋を出る。

並んで歩きながら、改めて隣を歩く少年を眺めた。

あんな変な夢で、自分の気持ちに気づくなんて。

これを話したら、どんな顔をするだろう。
想像して苦笑して、それから慌ててまわりを見る。バットを持った黒子は、どこにもいなかった。



後日付き合い始めてから、夢の話を鋼のにしたら、息ができなくなるくらい爆笑していた。

一番ウケたのは、ケツバットで死を予感した私、だったらしい。

……ちょっと、凹んだ。






END,


思いつきです。頭から離れなかったから書きました。おかげで寝る時間がなくなってしまったが、仕事中頭の中でパンツ一丁で踊られるよりはなんぼかマシです。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ