小話

□天女は月夜に恋をする
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あるところに、ホーエンハイムという男がいました。以前は妻と一緒に暮らしていた小さな家で、今は一人暮らしをしています。貧しくても気楽な生活で、不自由は感じたことはありません。でも時々寂しくなったときには、いなくなってしまった美しい妻を思いながら一人で晩酌をしてみたり。
そんな孤独な男ホーエンハイムは、家のすぐ裏の山の中にいつものように鉈を持って出かけていきました。ホーエンハイムはそこに豊富に生えている竹を切り出して売る仕事をしていたのです。
どれを切ろうかと迷いながら奥へ奥へと歩くホーエンハイムは、やがて竹林の向こうが金色に輝いているのを見つけました。なんだろう、と近づいてみると、たいそう立派な太い竹がどかんとそびえているではありませんか。
その真ん中あたりがきらきらと輝いて、周囲を照らしています。ホーエンハイムは鉈を構えました。こんな大きな竹で、しかも光っているなんて。高く売れるに違いありません。
真剣に竹を見つめ、呼吸を整えたあとに一瞬だけ息を止めて鉈を横に振り上げました。ひゅ、と風を切る音とともに、大きな竹は斜めに切られ、上の部分がゆっくりと落ちていきます。
「ふ……やはり俺の技は完璧だな」
ホーエンハイムは長年この仕事を続けているうちに、いつの間にか居合い斬りの達人になっていたのでした。ただし武器は鉈限定。
満足そうに竹を見下ろしましたが、確かに輝いていたはずの竹は普通の色に戻っています。あれ?と思って残った竹のほうを振り向くと。
金色の子供が、竹の中の空洞に立ってホーエンハイムを睨んでいました。
「………誰だ、おまえは」
思わず問いかけるホーエンハイムに、子供は飛びかかりました。髭を引っ張り髪を掴み、子供は遠慮なくホーエンハイムを攻撃します。それとともに、大音量の怒鳴り声。
「てめぇ、殺す気かよ!危なくオレまで真っ二つだぞ!」
きんきん響く子供の声に困りながら、ホーエンハイムは鉈を地面に置いて子供を捕まえました。これ以上引っ張られたらなにもかもむしられてなくなってしまいます。
「いや、すまん……まさか中に人がいるとは思わなくて」
「ちゃんとノックして確認しろよ!エチケットじゃねーかよ!」
山の中に生えている竹の中に人がいるなんて、想像すら誰もしないと思います。いちいち竹をノックして歩くところを誰かに見られたら、頭の病院に連れて行かれてしまうに決まっているのではないでしょうか。
けれど子供は、ホーエンハイムに両脇を支えられてぶらさげられながらもなぜだかひどく偉そうです。
「オレはエドワードってんだ。わけあって竹の中で暮らしてたけど、飽きてきたとこだったんだよな。あんたんちに連れてけ」
「…………ずいぶん偉そうな物乞いだな」
「物乞いじゃねぇよ!ただ、ちょっと今家出中で…」
口ごもるエドワードに、ホーエンハイムは苦笑して頷きました。生意気で乱暴だけど、エドワードはとても可愛らしい子供です。金髪に金の瞳。これが竹を輝かせていたに違いありません。
ちょうど自分は一人暮らしだし、話し相手がいれば気が紛れるかもしれない。まだ小さいけれど掃除や簡単な炊事くらいはできるだろうし。そう考えたホーエンハイムは、子供を担いで家に帰りました。


子供は我儘で賑やかで、慌てんぼうで不器用でした。けれど明るくてよく笑い、不器用なりにいろんな仕事を手伝ってくれます。ホーエンハイムはエドワードをすっかり気にいって、まるで本当の親子のように暮らしていました。エドワードも世話を焼いてくれるホーエンハイムにわざと意地悪や悪戯をしたりと困らせてはいましたが、懐いているようでした。

やがて時がたち、エドワードがホーエンハイムを親父と呼ぶのに慣れた頃。

エドワードの噂は、村から町へ、そして都へと広がっていきました。
天女のように美しい子がいる。その噂につられて、たくさんの人々がエドワードを見に来ました。男の子だと知るとさっさと帰る者もいましたが、ほとんどはエドワードを見るとそんなこと関係なくなるらしく、熱烈な求婚とともに山ほどの宝物を貢ぎ物として持って来ます。
ホーエンハイムはそういう男たちにエドワードと面会するための整理券を配り、貢ぎ物に対して受領書を発行する作業に追われました。山へ行く暇はなくなりましたが、かわりにずいぶんなお金持ちになりました。
けれど、大事な息子が毎日のお見合いに浮かない顔でため息をつくのを見ると、そんなことはどうでもよくなります。たまたま可愛く生まれてしまったためにこんな苦労をするエドワードが可哀想でなりません。
「エド、無理はしなくていいんだよ。嫌なら断ればいいんだから」
「でも、貢ぎ物がなくなったら親父がまた貧乏になっちゃうよ」
こんなときにも自分を気遣ってくれるのか。幸せが胸に広がるのを感じて、ホーエンハイムは涙ぐみました。
「俺のことは気にしなくていいんだ。貧乏は昔からだから、なんともない。また竹を切って売ればいいんだから」
「飯のおかずがまたたくあんだけになるじゃん。オレが嫌だ」
ああ、なんだそうか。ホーエンハイムはがっかりしました。エドワードはいつも食欲の塊なのでした。
「けど、もうこんなんも嫌だ。知らねぇ奴に毎日押しかけられて、愛想まいたり手ぇ握られても我慢したりとか、嫌だ」
眉を寄せる息子に、ホーエンハイムはちょっと考えました。
「そうだな。では、整理券以外にもなにか面会に制限を設けるかな」
「制限って?」
「うーん」
ホーエンハイムは、それから一晩考えこみました。



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