おまけ

□一寸兄さんの冒険
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「また増税だって。もうみんな、生活できないって言ってるよ」
ため息をつくアルフォンスの着ている着物は、近所からもらった古着だった。あちこちにツギが当たっていて、肩や肘は擦りきれている。それでも、まだ着られる状態のものを人にあげられるほどこの村の人々は裕福ではない。それだけ、アルフォンスは村の皆から愛されているということだ。
「殿様が代わってからだよね。前はこんなにひどくなかったのに」
「今の殿様は若くてバカでアホだっていうじゃねぇか。遊び好きでタラシだとか」
アルフォンスの呟きを受けて口汚く殿様を罵るのは、アルフォンスの兄であるオレ様、エドワードだ。テーブルの上にあぐらをかいて、大きな湯飲みからお茶を飲んでいる。
オレはきっとなんか呪われてるんだ。生まれたときからやけに小柄だった。全長は5センチ程度。小柄というレベルを越えていると言う奴には爪楊枝でつつくことにしている。地味にダメージあるんだよな、アレ。そんで床にいると踏まれてしまうので、いつもテーブルの上にいる。
「きっとアレだ、遊ぶ金が要るから税金あげてんだよ。最低だよな」
ぷんぷん怒るオレに、アルが苦笑した。可愛らしい兄さんが怒ってもますます可愛くなるだけだとか、弟にあるまじきことを言うアルにはあとで必殺爪楊枝の舞をお見舞いしなくてはなるまい。
「けど、村の皆が困ってるのはボクも悲しいな。お世話になってるんだもん、なにかしてあげたいよ」
アルの言葉にはオレも同意だった。早くに両親を亡くしたオレたち兄弟は、村の皆の好意と思いやりでどうにか生きてきた。食べるものや着るものとか、皆自分たちのことだけで精一杯なはずなのに、オレたちが不自由しないようにと気遣ってくれた。その恩はもう言葉にできない。一人前になったらたくさん働いて、村の皆に恩返しをするんだ。
その気持ちで今まで頑張ってきたのに。
「……こんな状態が続いたら、皆どうしようもなくなっちゃうよ」
ため息をついたアルを見つめて、オレは頷いた。

決心した。

あんまりにも小柄な体では、なんの役にも立てない。
そう思っていたけど。

「アル。オレ、都へ行く」

「は?」

「殿様に会って文句言ってくる」

「ちょ、兄さん!無理だよ、会わせてなんてもらえないよ!あっちは偉い人なんだよ?ボクらなんか」

「おまえは無理かもしんねぇけど、オレなら行ける」

オレは胸を張った。
田舎者なんか相手にしてくんねぇだろうから、アルが正面から行って面会を申し込んでも当然ダメだろう。でも、どんな屋敷にもネズミが入る隙間くらいはあるはずだ。それだけ隙間があれば、オレなら入れる。
「他になんにもできねぇからな。これくらいさせてくれよ」
「…………そうだね。兄さんなら潜り込めるかもしれない。小さいし…痛っ!」
手にした爪楊枝でアルの手をつついた。それは違う、オレは小柄なだけだ。

早速支度をした。都は遠いから、長旅を覚悟しなくてはならない。少しの着替えを風呂敷に包んで背中にしょって、武器は隣に住む幼なじみから縫い針を一本もらった。旅には危険がつきものだからだ。オレの場合、猫とか鼬とかだが。あ、蛇に飲まれそうになったこともあったっけ。気をつけなくては。
「本当に行くの?」
幼なじみのウィンリィが、心配そうな顔でオレを見つめた。
「寂しいわ。早く帰ってきてね」
ウィンリィは昔からオレのことが好きなんだ。イケメンだから仕方がないが、罪な奴だよなオレって。
ただ、ウィンリィの目は恋する相手を見る目というよりペットの猫かなんかを見るような目なんだけど。気のせいだろうか。気のせいだよな。
「はいこれ、おにぎり」
差し出された弁当の包みは、オレから見たら巨大な山のようだった。
「食えるかよ!てか持てねぇだろ、これ!」
文句を言うオレに、ウィンリィはああそうかと包みとオレを見比べた。
「そうだったわね。あんたちっちゃいから無理ね」
ちっちゃくねぇし。
「ご飯粒ひとつずつ両手に持ってもぐもぐするとこ、当分見れないのねぇ。残念だわ」
なんだその餌食うハムスターみたいな言い方。
「お正月につきたてのお餅食べてるときのあんた、可愛かったなぁ。だからお正月までには絶対帰ってね」
あれか、全身が餅に絡まって死にそうな目に合ったときか。熱いわ粘るわでマジ死ぬかと思ったんだぞ。

ウィンリィがお弁当を作り直しに台所へ行き、かわりにアルが地図を持ってきた。
「兄さん、これ見て!」
ばさっと地図をテーブルに広げる。
「ほら、ここを通れば……って、あれ?兄さんどこ?」
オレはもちろん地図の下敷きになっていた。
アルは地図を捲ってオレを見つけると、襟首をつまんで持ち上げた。
「もー、小さいから見えなかったよ。ほら兄さん、これ見て」
いや、さらっと言うなよ。オレは小柄なだけなんだってばよ。
アルが指すところを見ると、オレたちが住むリゼンブール村だった。そこから、アルの指が都であるセントラルまでの道を辿る。何キロあるのか知らないが、地図で見ただけでも相当遠い道のりだ。
「これを歩くとなると、兄さんの歩幅じゃ生きてるうちにたどり着くかどうかわかんないでしょ?」
いやいやいや。おまえそれかなり失礼じゃねぇ?
「でもほら、ここを通れば。都まで真っ直ぐだし、流れに乗れば早いよ」
アルの指は、今度は村から都へ流れる川を辿った。道は曲がりくねっているが、川は真っ直ぐだ。船があれば楽に行けるだろう。
「なるほど」
「ね?だから、これを行きなよ。船はボクが用意するから」
満面の笑顔で言うアルに、オレは感動した。こんな貧乏なオレたちが船を用意するなんて、並大抵なことじゃない。それを、オレのために。なんて兄思いなんだ。
「ありがとう、アル」
「ううん。だって兄さん、ボクらのために頑張ってくれるんだもん。応援しなきゃ!」
「………ボクら?」
そこへお弁当を持ったウィンリィが入ってきた。アルがそっちをちらりと見る。
………ああ、そうか。そういうことね。
一気にやる気をなくしたオレに、ウィンリィが笑顔で包みを押しつけてきた。ウィンリィたちにとってはひと口サイズなおにぎりは、オレにとっては一抱えもある米の塊だ。だが、さっきよりはマシ。

川に連れて行かれたオレに、アルが箸を一本差し出した。

これでなにをしろと言うんだ、と思っていたら、ウィンリィが出したのは味噌汁とか飲むときに使うお椀。

「頑張ってね、エド!」
「兄さん、気をつけてね!」

笑顔で手を振る二人に見送られ、オレはお椀に乗って箸で漕ぎながらうんざりした顔で故郷をあとにした。



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