おまけ

□好きな名前を入れてください
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1.別に頼んでないけど、一応ありがとう









ロイ・マスタング、32歳。
去年色々あって昇格し、准将になって最高司令官として東方司令部に戻ってきた。
金も地位もあり、見た目もイケメンな上に独身。イーストに戻ってきたとたんに昔以上にモテるようになり、毎日毎晩電話や手紙があとを絶たない。
以前はそれらを決して断ることなく、すべての女性の恋人だと公言して憚らなかった自他共に認める女タラシだったのに。
ロイはことごとく断った。しかも非常に素っ気ない態度で。
なにがあったのかと昔馴染みの部下たちは心配したが、直属の部下たちは肩を竦めてあっさりと言った。

「本命ができたんだ。もう遊ぶ気はないんだってさ」

イースト一番の色男で、歌手や俳優を凌ぐ人気のマスタング准将に本命。その噂に街中の女性たちが騒ぎ出し、地方紙やゴシップ紙などが連日必死に取材を重ねた。
だが、マスタング准将の恋人が誰なのか、どこにいるのか、その情報の一片たりとも掴んだ者はいなかった。




「て感じで、えらい騒ぎになってますよ」
司令官の執務室で、タバコの煙と一緒にハボックが言葉を吐き出した。
「オレらもことあるごとに聞かれます。まぁ、しゃべってねぇししゃべる気もねぇけど」
「好きに騒がせとけ。そのうちみんな飽きるさ」
ロイはそんなことには興味はないと言いたげに、イーストのタウン雑誌を必死に捲っていた。見ているのはレストランのページ。写真に写っている料理を見比べて、量がどうの見た目がどうのとぶつぶつ言っている。
「どこなら気にいってくれると思う?」
側にいた副官に声をかけると、副官は数歩近づいて雑誌を覗きこんだ。
「あまり気取った店は嫌がるんじゃないですか?あと値段が張る店も遠慮されそうだし…」
「イーストもしばらく離れていた間に様子が変わっているからな。昔よく行ってた店がなくなっていたのは痛いなぁ」
真剣な顔で雑誌を見つめるロイに、ハボックは苦笑した。
誰にも、この男の恋人が誰なのかわかるわけがない。相手は今イーストにはいないし、女性ではないし。
だいたい、両想いですらないんだから。
「じゃーオレ仕事に戻りますね」
「あっコラ!上司が悩んでいるのに仕事なんかしてる場合じゃないだろう!」
職場とは思えない言葉で引き留めようとするロイに片手をあげて振って見せ、ハボックは執務室を出た。

ロイの片想いの相手は、明日イーストにやってくる。
『ちょうど近くまで来てるしさ、お土産とか買ったし。司令部にお邪魔していいかな』
その電話を受けたのはホークアイで、もちろん歓迎すると珍しく浮かれた声をあげていた。
そしてそれを聞いてホークアイ以上に浮かれたのがあの上司だ。去年望みを叶えて故郷に帰ったあの子と、半年ぶりに再会できる。幸い最高司令官になった今、大佐だった頃よりも書類仕事は減っていて、なにか事件でもない限り時間はあるし残業もない。
このチャンスにあの子を掴まえる。これを逃したら多分もうチャンスなんかない。
上司の張り切りようは端から見ていると滑稽ですらあるが、本人は必死だ。今まであんなに一生懸命になった相手なんていないんじゃないか。部下たちを巻き込んで協力させようとしているあたり、もうなりふり構う余裕もないんだろう。

さて、あの子が上司に掴まるかどうか。ハボックは最後に見た姿を思い出した。自分が除隊する前に一度顔を見せにきたきりだったので、記憶にあるのはまだ赤いコートと鋼の手足の子供の姿だ。鎧の弟を連れて旅をしていたあのときは、まだ本当に子供だった。恋愛とか、そういうものにはまったく興味はなさそうだったし、そっち方面にはひどく鈍感だった。上司が自分に恋をしているなんて、全然気づいていなかった。
ついでに、自分が上司のことを好きなのも気づいてないようだった。
どんなふうに成長したんだろう。少しは大人になって、上司や自分の気持ちにも気がついただろうか。
会うのが楽しみだ。ハボックは緩む頬を締めるのも忘れて、廊下の窓から外を眺めた。



そして翌日、その窓の外に見える正門から、金色の子供が大きな紙袋を抱えて司令部にやってきた。




「久しぶりー!みんな元気だった?」
笑顔のエドワードは紙袋からお菓子の箱を次々と出して来客用のテーブルに並べた。どこの土産なんだか、知らない土地の名前が入った箱がいくつも積み上げられていく。
「アルはどうした?」
ブレダに聞かれて、エドワードは金の瞳をそちらに向けた。
「別行動なんだ。あいつはあいつで他へ挨拶とかに行ってる」
「へぇ。いつも一緒にいたのに、別々なんて珍しいな」
「うん。まぁ、あいつももうすっかり体回復したし。なんかさ、挨拶回りがすんだらシンに行くんだってよ」
そう言うエドワードは手袋をはめていなくて、あまり陽に焼けていない白い右手で紙袋を畳んでゴミ箱に突っ込んでいた。落ち着いた色の上着に、白いシャツ。なんだか別人のように大人びて見える。
「おまえも、元気そうだな」
ハボックが言うと、エドワードはにこっと笑った。
「おー。絶好調だぜ」
その笑顔は以前と変わらない。ハボックは少しだけほっとして、土産の箱を開けるホークアイの手伝いを始めた。

「やぁ、鋼の」

後ろからかかった声に、エドワードが笑顔を引っ込めて振り向く。ロイは部屋に入ってきたところで、ドアも閉めずに足早に近づいてきた。
「元気だったか」
「あー、まぁね」
エドワードが上司にだけして見せる、眉を寄せたしかめっ面。相変わらずだなとハボックが見ていると、そういう表情には慣れているロイは気にとめた様子もなくエドワードの座る椅子の背に手をかけた。
「早速だが、食事でもどうだ?レストランを予約してあるんだが」
昔のパターンなら、あんたなんかと食っても旨くないとか言ってそっぽを向くところだ。ハボックはロイからエドワードに視線を移した。
「…………予約?なんで?」
エドワードは驚いている。
「きみと食事に行きたかったからだよ。どうせ一人で適当にして、栄養が足りてないだろうと思ってね」
親切だろ?なんて言うロイの嫌味は明らかに照れ隠しだ。いくつなんだ、この男。
「うるせ。余計な世話だ」
そんなん頼んでない、とエドワードは横を向いた。
向いてから、ちょっと小さな声になった。

「別に頼んでない………けど、………一応、ありがとう」

おお。この子も中身は成長していたんだ。
ハボックが感動したとき、ロイも感動していたらしい。動きを止めてしばらくエドワードを見つめ、信じられないと呟いた。
「なんだよその顔!行くの?行かねぇの?」
赤くなったのを誤魔化すように怒鳴るエドワードに、我に返ったロイは慌てて頷いた。
「いや、もちろん行くとも!支度してくるから待っててくれ!」
急いで部屋を出ていくロイを見送って、ハボックはまだ赤いままのエドワードを見た。

相変わらずツンデレを地でいく子供に、はたして上司の想いは叶うのだろうか。




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