小話1

□あなたじゃなきゃ、ダメなの
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アルと二人、小さな田舎町で汽車を降りて、宿屋への道をてくてく歩いていた。

そしたら、すぐ近くにあった教会から大きな鐘の音が響いてきた。同時に歓声。拍手。
門から覗くと、ちょうど式がすんだばかりのカップルがまわりの人々に祝福を受けながら微笑んでいた。

「幸せそうだねぇ」
羨ましそうにアルが呟いた。
「いいなぁ。ボクも早くお嫁さん見つけて、新しい家族を作りたいな」
アルは親父が家にいた頃のことを覚えてないし、母さんが元気だったときの記憶も朧気だ。小さかったから仕方がない。
だからだろう。家族に対する憧れがとても強いのは。
「気が早ぇよ。まだ彼女もいねぇくせに」
からかうように言うと、アルはほっぺたをぷっと膨らませた。
「兄さんだっていないじゃない。ボクはこないだまで鎧姿だったから仕方ないけど、兄さんずっと生身だったよね?それでまったく全然さっぱりモテなかったってヒト科のオスとしてどうなの」
生物学的な嫌味言われた。
「そんな暇なかったからだろ。別にモテないわけじゃねぇし」
「モテたことあんの?」
「………………ないけど」
今からだよ、今から。
そう力説したけど、アルの目は冷たかった。

さらに大きな歓声が響いて、そっちを見ると新郎が新婦の頬にキスをしていた。
赤くなる新婦と、嬉しそうに笑う新郎。全然知らない人たちだけど、あんなに幸せそうだとこっちまで嬉しくなる。

新郎は黒髪。
それを見ていたら、余計なことを思い出した。



あれはオレが一人で司令部に銀時計の返還と世話になったお礼をしに行った日。
上司である黒髪の男は、ひたすら書類に追われていた。

『やぁ、鋼の。元気だったか』
そう聞く大佐は、今にも死にそうな顔色をしていた。
『なんかあったの?』
『なにが?』
『だってあんた、死相が出てる』
大佐はペンを置いて自分の頬をごしごし擦った。いや無理だから取れないから。
『昇進した上、異動があっただろ?とにかくもう忙しくて、ゆっくり休む暇もなくてな』
ただでさえ忙しかった大佐が、さらに忙しくなっているらしい。そういや目の下にすんげぇ隈ができてるな。
『ろくに寝てねぇんじゃねぇの?』
『ああ、まぁな。少し不眠症ぎみでな…』
疲れきったため息をついて、大佐はちらりと時計を見た。
『もうこんな時間か…』
時刻は夕方を過ぎようとしている。窓の外は夕焼けが消えかかって、星がいくつか輝いてたりしていた。
『よし。鋼の、ちょっと付き合え』
立ち上がる大佐。隣の部屋に通じるドアを開け、軍服を脱ぎ始める。
『どこへ?』
『気分転換だ。飯でも食おう』
私服に着替えた大佐。少しは顔色もマシに見える。
『奢り?』
『きみはもう無職なんだし、仕方ないな』
嫌な言い方だ。でも事実なので、オレは大佐についていった。

着いた先は居酒屋。
大佐はしこたま酒を飲んで、偉いさんの悪口だの仕事量が多いだの中尉が容赦ないだのとさんざん愚痴を言った。オレはたらふく飯を食い、どさくさ紛れにちょっぴり酒を飲んだりしながらときたま相づちを打ってやった。ほとんど聞いてなかったけど、大佐はそれでもいいらしかった。とりあえず気がすむまで愚痴れる相手がほしかっただけなんだろう。

店を出たらもう深夜。
酔っぱらいと化した大佐に肩を貸してタクシーに手をあげた。けれど、オレは大佐の家を知らない。べろんべろんな将軍を司令部に連れていくわけにもいかない。
『お客さん、どちらまで?』
『……えーと。どっか、泊まれるとこ』
困った末にそう言ったら、なぜだかラブホに着いた。
さっさとどこかへ消えていくタクシーを見送りながら、ラブホに入るかどうか悩んだ。てか男二人なのにラブホってどうなの。人数が二人ならそうなるのか?
考えているうちに、大佐が意識を取り戻した。顔をあげてラブホを見て、
『どこだ、ここ』
『泊まれるとこ、って言ったらここに着いたんだけど…』
どうする?と聞くまでもなかった。大佐は頷いて歩き出し、ラブホのドアから中に入る。オレも慌ててついて行く。
やたらに広い風呂と広いベッドがある部屋に到着すると、大佐は倒れるみたいにベッドに寝転んだ。酔ってるのもあるけど、本当に疲れてるんだろう。すぐに寝息が聞こえてきた。
不眠症だとか言ってなかったっけ。寝てる自覚がないだけなのか?そういうナンチャッテ不眠症は結構多いと聞くし、大佐もそれなのかもしれない。
ほっとくことにして、オレは風呂に飛び込んだ。泳いでいたら急に酒が効いてきて、頭がくらくらしてきたので、仕方なく出てベッドへ行く。
ひとつしかないけど、広いからあんまり邪魔にもならないだろう。オレはそっとベッドに這い上がった。

ぎし、と鳴るスプリング。

大佐が薄く目を開ける。

そのままなにも言わずこっちを見る大佐に、オレもなんと言っていいかわからなくて黙ってた。

伸びてきた大佐の手が、オレの腕を捕まえた。

言葉とか、なんもなし。

そのまま抱きこまれて仰向けにされて。

あとはもう、なにがなんだか。



「兄さん?どしたの?」
問いかける弟の声で、オレははっとして首を振った。
「なんでもねぇ」
「でも、なんかぼーっとしてたよ?」
「えーと…晩飯、なに食おうか考えてたんだよ」
半年前の記憶に意識持ってかれてたなんて言えない。どんな記憶なのかと聞かれたら答えられないから。



別に大佐が好きだったわけじゃない。大佐だってそうだ。オレたちは上司と部下で、錬金術師同士で。友情すらあったかどうか怪しいのに、恋愛感情なんてあるはずがない。

あいつは疲れてたし、酔っぱらってた。オレも酔ってた。

まぁ、あれだ。一夜のアヤマチってやつだ。
翌朝目を覚ました大佐は、ひどく爽やかな顔をしていた。死相は消えてて隈もなく、久しぶりにぐっすり眠れたよなんて笑ってた。
なにがあったかは覚えていたようだ。男二人がマッパで同じベッドにいても驚く様子もなかったし、ラブホにいるという事実にも特に反応がなかったし。

『じゃあ、元気でな』

最後に言われた言葉。

『あんたもな』

最後に言った言葉。

それきり会ってないし、連絡もしてない。

ていうか、そんなことがあったこと自体忘れかけてた。
キスもエッチもあれが初めてだったんだから、もう少しなにか気持ちに残るものがあってもいいはずなんだけど。

多分、脳が記憶することを拒否してるんだ。
初めてが可愛い女の子じゃなくて疲れきった中年の男だったという、その厳しい現実を認めたくないんだ。



「兄さんてば。大丈夫?」
気遣わしげなアルに、また慌てて首を振る。
「大丈夫だって」
「ほんとに?」
うん、大丈夫。
飯食って寝たら、また忘れるさ。




けれど、ダメだった。

宿で寝転がってたら、ドアをがんがん叩かれて。

驚いたアルが急いで開けると、そこに黒髪の男が立っていたからだ。



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