小話1
□男のプライドみたいなものがかかってますので
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夕暮れどき。ロイは仕事帰りでのんびりと街を歩いていた。特に予定もないので、足取りはゆっくりだ。昔はデートだなんだとやたらに予定があって忙しかったものだが、今は仕事以外で誰かと食事をしたりすることもない。恋人なんて、もう何年もつくっていない。
恋人をつくらない原因は、本気で好きな相手ができたからだ。一目惚れで夢中になった相手はまだ子供で、それ故にいまだ告白すらできていない。
それでも好きだ。なので浮気はしない。
その恋しい相手の顔を思い浮かべて、ロイは思わず俯いて手を口元にあてた。ひとりで歩きながらにやにやするなんて、いくら浮気をする気はなくてもやはりイメージというものが。
街を染める夕焼けは、恋しいあの子が持つ色そのものだ。赤と金。その色を眺めていると、会いたくなる。あの子は今、どこにいるのだろうか。
「くそー!どーなってんだよコレ!石でできてんじゃねーのか!?」
そう、そんな感じに口汚い子だった。そんな感じの、男にしては高い、きんきん響く声で。
「アル、おまえやってみろよ。でも持ち上がったら殴る」
「なにそれ!やだよ!」
「うるせぇ!オレができねぇのにおまえにできたらムカつくだろ!」
「わけわかんないよ!兄さんてなんでそう理不尽なの!?」
そうそう。理不尽なことを平気で口にする子だった。我儘で乱暴で……ああいかん、恋する相手のことなのになぜか悪口ばかり浮かんでしまう。
ていうか、アル?
あの子にもそういう名前の弟がいたはずだが。
ロイはゆっくり振り向いて、声がするほうを見た。
恋しくて会いたくて仕方なかった想い人が、夕暮れどきの街角のスーパーの店先で巨大なかぼちゃに抱きついていた。
「……………なにをやってるんだ、鋼の」
私には抱きついてくれないくせに、かぼちゃには抱きつくのか。
そんな子供じみた言葉は、かろうじて抑えた。
エドワードはかぼちゃに抱きついたまま、目を真ん丸にしてロイを見た。
「大佐?なんでいんの、こんなとこに」
「私はもう大佐ではないし、今は東方勤務なんだ。それよりきみこそ、いったいなにを…」
「ちょーどいいや!大佐、これちょっと持ち上げて!」
ロイの言葉はエドワードの耳には届かなかったらしい。ロイを見ながらその大きなかぼちゃをぺちぺち叩いてみせる。
「いや、だから大佐じゃなくてだな」
言いながら側に行き、店先のガラスに貼ってあるポスターを見た。
「………重さ当てクイズ?」
「そう!これが何キロあるか、当てたら賞品がもらえるんだよ」
ロイはやっとエドワードの行動を理解した。かぼちゃを持ち上げて、それが何キロなのかだいたいの見当をつけようというのだろう。ポスターには正確な重さでなくても、寄せられた答えの中から一番正解に近かったものに賞品を出すと書いてあった。
「……賞品て、きみ。お買い物券1000円分が欲しいのか?」
「そんなんどーでもいいんだよ!とにかく重さを当てたいの!な、大佐なら鍛えてるから持ち上げられるよな?」
きらきらした瞳で見つめてくるエドワードの隣で、困ったような顔のアルフォンスが頭を下げた。
「ご無沙汰してます、准将。兄さんてば、持ち上げられなかったから意地になってるだけなんですよ。それとさっき店の人に、『子供には無理よ』とか言われちゃって……」
なるほど、とロイは頷いた。負けず嫌いのエドワードは、持ち上げることができなかったのと子供扱いされたことにムキになっているらしい。そういうところが子供なのだと言ったらさらに拗ねるだろうことはわかっているので、口には出さない。
「オレ、もうガキじゃねぇってのに。ムカついたから、絶対当ててやるんだ!」
ふむ。ガキじゃない、と、そう言うならもう遠慮などしなくてもいいのかもしれないな。ロイはうんうん頷いて、ではとエドワードの肩をぽんと叩いた。
「どいてみなさい」
「マジ!?やっぱ大佐だよな、カッコいー!」
大佐じゃないと言うのに。ロイはそう言おうとしてやめた。アルフォンスがきちんと今の階級を知っているのなら、エドワードもそれを聞いているに違いない。それでなお大佐と呼ぶなら、もうそれは彼にとって自分の名前と同義語なのだ。どう言って聞かせても、たぶん一生変わらない。
死ぬまで一緒にいてくれるなら、一生大佐のままでも構わないのに。
そんなことを考えつつ、にやけながらロイはかぼちゃに手をかけた。
エドワードよりも大きなかぼちゃは、ハロウィンの飾り用に作られたものだろう。こういう重いものは、ただ持ち上げようとしても上がるものではない。しっかりと足場を決め、腰を入れてから………………
……………………う。
今、なんか腰のあたりで変な音がしませんでしたか。
「大佐?」
動きをとめたロイを、エドワードが怪訝そうな顔で覗きこんでくる。
「准将、無理しないでください。見た目で見当つければいいんだし、うっかり腰でも痛めたら大変ですから」
心配そうなアルフォンスの声。大丈夫、腰ならもう痛めた。
「あれぇ?准将じゃねぇスか」
そこにかかった声は、聞き慣れた部下のものだった。
「なにやってんスか、かぼちゃに抱きついて。あれ、おまえらも一緒か?久しぶりだなー」
能天気な笑い声とともに現れたのはハボックだった。にこにこと側に来て、挨拶をするアルフォンスの頭を撫でている。エドワードは早速、ハボックにかぼちゃを持ち上げて見せてくれとおねだりを始めた。
ロイは静かに、なるべくそっと、かぼちゃから離れた。笑みは崩さないが、額には冷たい汗が滲んでいる。
「よっしゃ!見てろよ」
すぐにハボックがかぼちゃに手をかけた。むおーとかぐあーとか、妙なかけ声をかけながら頑張っている。
「少尉、無理はしないで……」
「キャーかっこいー!頑張れ少尉ー!」
アルフォンスの気遣う声と、エドワードの楽しげな声援。
ふふふ。仕方ない、今日のところはおまえに勝ちを譲ってやろう。せいぜい今のうちに調子に乗っているがいい、いつか必ずリベンジしてやる。
ロイは笑顔のまま、そっとその場をあとにした。なるべくそっと。腰に負担をかけないように、だけどあくまで自然に見える歩き方で。
「あっ、少尉!?」
「どうしたんですか?大丈夫ですか!?」
慌てたような兄弟の声を遠くに聞きながら、ロイは一番近い整形外科を目指してゆっくりゆっくり歩き続けた。
そこの待ち合い室で順番待ちをしていたら、あとからハボックも合流してきた。
後日、かぼちゃのせいで腰を痛めたと知ったエドワードがお見舞いに来てくれた。ハボックのほうにはアルフォンスが行ったらしい。そう割り振りしたのはそのアルフォンスだろう。気がきく弟だ。
身の回りが不自由だろうからと、ロイの家に泊まりこみで世話をやいてくれるエドワードは、自分の我儘が原因だと自覚も反省もしているようだった。
その隙を狙って、もう子供じゃないならと強引に迫ったおかげで、なんとか恋しいエドワードを手に入れることに成功したロイだったが。
「諦めてはいない。必ずリベンジするよ、来年のハロウィンあたりに」
真剣な目で固い決意を口にすれば、ハボックもそれに頷く。
「オレもやるっス!ナメられたまんまじゃ気が収まらねぇ」
揃って執務室を膏薬の匂いで充満させながら、二人は熱く誓い合った。
覚えてろよ、かぼちゃ。
勝利に酔いしれていられるのは今のうちだけだ。
ドリンク剤だのダンベルだのが溢れるようになった執務室で、半裸の男二人の腰に湿布を貼りながら、エドワードとアルフォンスは深い深い後悔のため息をついた。
END,
………いまいち。
いや、今日巨大かぼちゃ重さ当てクイズって、スーパーで見たもので。
たぶん50キロくらいだろうなぁ。とか思いつつやってはみたけど、やっぱり持ち上げられませんでしたです。