小話1

□その瞳で叶えて
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車の音がした。

「兄さん、帰ってきたんじゃない?」
迎えに行きなよ、とか言って肘でつついてくる弟を睨んで、別にいいよと横を向いてみせる。だが、なかなか開く気配のない玄関に、なんだか不安になってきた。
「車、さっき止まったよね?」
アルも窓を気にしている。
仕方なく、渋々と。オレは立ち上がって玄関に向かった。

ドアを開けて外を覗くと、確かに二人の車が止まっている。准将も少尉も降りていて、後ろのドアを開けてなにやらごそごそやっていた。
「おい、そっち引っ掛かってるぞ」
「そこ引っ張れよ。あっ枝折れた!」
ぶつぶつ言い合いながら二人が後部座席から降ろそうとしているのは、細っこい木みたいだった。
「お邪魔してまーす。なにやってるんですか?」
すかさずアルが駆けていく。出遅れたオレが続いて側へ行くと、二人がこっちを見て笑った。
「やぁ、アルフォンス。鋼の、ただいま」
「久しぶりだなアル!ちょうどいいとこ来た」
これ出すの手伝え、と言われてアルは二人に参加した。木をぐいぐい引っ張るから、ぱきぱきと音がする。
「よくこんな長いの押し込みましたね」
「いやぁ、着くまでずっと縮こまってなきゃならなくてな。首が痛いよ」
「走ってる間中がさがさうるせぇしよ。でもロイがでかいのがいいって言うから」
「私のせいか。おまえだって自分より背の高い木じゃなきゃダメだとか言ったじゃないか」
「そりゃ神様に願い事を読んでもらうには、高い木じゃねぇとダメだろ」
「いや、もうなんでもいいから。枝のほうから出そうとしないで、幹から出せばいいんじゃないですか」
准将と少尉の言い争いは、アルのひとことで鎮火した。二人とも枝から引っ張り出そうとしてたもんだから、尖った先があちこちに引っ掛かってなかなか出て来なかったんだ。細長い葉っぱがシートに散らばったり刺さったりしていて、折れた枝がぶらさがっていたりしてる。二人とも、今初めて気づいた顔をしてアルを見た。
「頭いいな、アル」
「む。さすがは現役高校生だ。さては成績かなりいいな?」
「いや普通ですから」
呆れたようにため息をついたアルが、反対側のドアを開けて木を引きずり出した。
ひょろりと長い笹がばさりと揺れて、また何枚か葉が落ちた。

それで思い出した。
明日は七夕だ。

「ほら、エド」
少尉が手渡してくれたのは、12色の折り紙だった。切って短冊作れってか。細かいことするんだな。
「せっかくだから、なんか願い事書いて吊るそうぜ。もしかしたら叶うかもしんねぇじゃんか」
イベント好きな少尉はわかるけど、准将までがそれに乗るとは思わなかった。なんて書こうかな、なんて嬉しそうに言う。

願い事。
書いて吊るせば神様がそれを読んで叶えてくれるっていうことで、子供たちには人気の行事だ。七夕の翌日には川に流すことになっているので、その日に川原や橋の上に行くと、色とりどりの折り紙で飾られた笹がたくさん流れて行くのが見れる。
けれど、オレたちは今までそんなことしたことがなかった。神を信じない錬金術師のオレたちは、願いは自分で掴み取るものだと思っていたから。
今だってそう思ってる。誰かに頼んで叶えてもらおうだなんて虫がよすぎるんじゃないか。自分のことは自分でなんとかするしかない。他力本願でいたらいつまでたっても願いなんて叶わないって、オレたちは嫌というほど思い知っている。

「兄さん、なんて書く?ボク彼女がほしいって書こうかなぁ」
リビングに笹を運び込んで、アルはにこにこしながら折り紙にハサミを入れた。半分に切って短冊にしたり飾りを作ったりするためだ。
「小さいときに学校でやったよね。忘れちゃったな、どうやるんだっけ」
糊を出してきて、細く切った紙を輪に繋げて鎖みたいなものを作る。そういえばそんなの、やったような気がする。オレは興味がなかったから寝てたりしたけど、アルは結構熱心になってやってたような。
「兄さんは変なとこ意固地だよね。こういうのはノリっていうか、遊びだよ?神様とか関係なく、到底自分じゃ叶いそうにない願いを書いて遊ぶんだよ」
「叶いそうにない願いって?」
「兄さんが背が高くなりますように、とかだよ」
「ああ、なるほど。おまえが彼女がほしいって願うのと同じか」

准将と少尉が着替えてリビングに戻ってくる頃には、微妙に険悪な空気の中でアルが作った飾りがいくつか笹にぶらさがっていた。

「オレの願いは決まったぜ」
少尉が胸を張って言う。
「不老不死だ!」
「では、私は世界征服かな」
准将が頷いて言う。どっちもどっちでガキのセリフだ。
「ロイが世界征服なら、オレは宇宙の神になる」
「ジャンごときがそんなものになれるなら、私は万物創成の神になれるな」
「いちいちうるせぇんだよ。つっかかんなよ、ガキかてめぇ」
「おまえこそバカみたいなこと言ってないで現実を見ろ。少尉から中尉に出世したくないのか」
准将、現実的すぎ。てか少尉の昇進て神頼みしなきゃいけないくらい難しいの?

アルは本当に「彼女ができますように」て書いて吊るした。
少尉はちょっぴり現実的になって、「長寿でギネス更新」と書いた。いくつまで生きる気なんだ。
准将は迷わず、「連休がほしい。3日でいいから」と書いた。それは神様じゃなくてホークアイ中尉に頼んだほうがいいんじゃないかと思ったが、頼んでも無理だから書いたんだろうなと思い直してそっとしておいた。

オレの手元にある短冊は、真っ白だ。

なんと書けばいいのだろう。
ペンを握っては置き、また握って置くオレをよそに、みんなはさっさと短冊を吊るして夕食のためにキッチンへ行ってしまった。

どうしよう。
オレには、なんにも思い浮かばない。




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