小話1

□さっきからいましたけど(影薄な彼のセリフ5題)
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「なぁ中尉。私は鋼のにとってどういう存在なんだろうか」

書類など目に入らない様子で窓の外を眺めてため息をつく上司に、副官もため息をついた。
どういうもこういうも、恋愛の対象としてはまったく全然少しも意識されてない、はっきり言えばいてもいなくても同じ。そういう存在ではないか。
とは正直に言えなくて、ホークアイは微妙に視線を彷徨わせた。
「…………上司、では?」
「そうじゃなくて。その、つまりほら。なんというか」
ロイは言葉を探して考えこんだ。
「えーと、仕事とは切り離してだね。もっとこう、アレな部分で」
アレってどれ。
ホークアイはロイのデスクに乗ったまま減る気配を見せない書類の山を見て、わざとらしくまたため息をついた。
「仕事を抜きにしたら、エドワードくんの中には大佐という存在すら無くなると思いますが」
「…………………」
ロイはデスクに倒れて動かなくなった。

「失礼しまーす。あれ、なに寝てんスか大佐」
ノックなしでドアが開いて長身の部下が大股に入ってきた。たちまち室内にタバコの香りが籠もる。
「中尉の目の前でサボりですか。度胸あるなぁアンタ」
「うるさい」
ロイは顔もあげずに不機嫌な声を出した。
「用事があるならさっさと言え。私は今、心が深く傷ついてるんだ」
「…………はぁ」
ハボックが横目で見ると、ホークアイは肩を竦めて首を小さく振ってみせた。
「……なんだかよくわかりませんが、じゃあ要件だけ。さきほど電話がありまして」
「電話ぁ?」
嫌そうな声の上司にお構い無く、ハボックはデスクの空いている隙間に座りこんだ。
「そー。なんかアンタの声聞きたくないからってオレらの部屋にかかってきたんですがね」
言いながらのんびりタバコをふかす。佐官の地位にいる上司に取る態度ではないが、いつものことだ。ホークアイも咎めもせずに言葉を待っている。
さんざん勿体つけてから、ハボックはにやりと笑って言った。
「夕方には着くから、すぐに報告書渡せるように執務室に居てくれ、だそうですよ。まぁこの調子なら間違いなく残業だから伝えるまでもないかもですが」

ロイの手がゆっくり伸びてハボックの服の端を掴んだ。
「…………確認するが、その電話は……」
「もちろん鋼の錬金術師殿です。他にいねぇでしょ」

いるわけない。もちろん。

ロイは顔をあげた。ハボックもホークアイも怯えるほどの全開の笑顔。黒い瞳を覗きこんだら、中には花畑が広がっているに違いない。

「中尉、書類はこれだけか?まだあるなら早く持ってきたまえ」
ロイは座り直してペンを取り、ハボックに微笑みかけた。
「伝言ご苦労。鋼のは他にはなにか言ってなかったか?」
「………あ、いや……とくになにも」
「そうか。では、鋼のが来たらすぐにこっちに連れてきてくれ」
「………はぁ」

突然働き始めた上司に言う言葉も見つからず、ハボックとホークアイは顔を見合わせた。が、働いてくれるなら文句はない。
ハボックはさっさと部屋を出ていき、ホークアイは書類に書類を積み重ね始めた。





「大佐、客人でーす」

陽も暮れかかった頃、ハボックがばたんとドアを開いた。そこから覗いたのは、金の瞳が可愛らしい鋼の錬金術師。ホークアイはにっこり笑って、お茶を持ってきましょうかと声をかけた。
「あ、いいよ。アルが先に宿とりに行ってるからさ、行かなきゃ」
赤いコートをひらひらさせて入ってきた幼い錬金術師は、ついてきたハボックを振り返って笑った。
「そんでさ、オレがそこ行ったらアルのやつ焦ってさぁ」
どうやら廊下を歩いていた間の話の続きらしい。ハボックはタバコをくわえたまま笑った。
「あいつほんとに猫好きだよなー」
「なぁに?アルフォンスくんがなにかしたの?」
「いやそれがさー、飼えねぇからダメって言ってんのにアルのやつ、5匹もこっそり空き家に連れこんでてさー」
大好きな弟の困った行動に苦笑いでエドワードが説明する。ホークアイは笑って、あの子らしいわねと言った。
「けど空き家はなー、管理してる人が来たらヤバいし。ちゃんと言っとかないと」
ハボックが兄貴面で言うと、エドワードは素直に頷いた。
「うん、わかってる。可愛いのはわかるけど、やっぱダメだよね。飼うのは旅が終わってからっていつも言ってんだけど」

そこでエドワードは気付いたようにきょろきょろして、ホークアイを見た。
「そーいや大佐は?居るようにって伝えてもらったんだけど」
「え………」
ホークアイは戸惑ってエドワードを見つめ返した。
冗談とかふざけているとか、そんな様子は見えない。
では本気で、目に入ってなかったのだろうか。

戸惑うホークアイの隣で、エドワードの斜め向かいに立っていたロイが片手をあげて小さく答えた。

「………あの………さっきからずっと、ここに居ましたけど…………」

「え!あれ!マジ?やだなー、気配消すなよ。わかんなかったじゃんか!」

屈託なく笑うエドワードに弱々しい笑顔を返す上司に、ホークアイもハボックもかける言葉もなく下を向いて黙っていた。




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空気扱いには慣れてますから(影薄な彼のセリフ5題・その2)


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