小話1

□低血圧の眠り姫(崩壊する童話その3)
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昔々。

ある国の国王夫妻に子供が生まれました。
国中がお祝いし、華々しいパーティが開かれました。身分も職も問わずすべての国民が招かれ、たくさんのご馳走とお酒が振る舞われました。空には花火があがり、楽団の演奏が遠くの山々まで鳴り響き、それはもうたいへんなお祭り騒ぎでした。




「私達からのお祝いを受け取っていただきたいのですが」

にこやかに笑う美女はこの国に住む魔女だった。その後ろに数人の魔女を従えて、生まれたばかりの赤ちゃんが眠るベッドに歩み寄り、その寝顔を愛しそうに見つめる。もちろん魔女達の申し出を国王が断るわけはなかった。
では、と改まり、魔女は手にした杖を赤ん坊の上にかざした。
「誰よりも優しい子になりますよう」
次の魔女が進み出て同じように杖を振る。
「世界一美しくなりますよう」
同じようにして、他の魔女達も次々にそれぞれの杖を振って赤ん坊に祝福の言葉をかけた。国王はニコニコとそれを見守っている。

最後の魔女が進み出ようとしたとき、大広間の入り口のドアがいきなり開いた。
何事だと全員がそちらへ注目する。それに構わず、黒いドレスを翻してずかずかと歩いて来るのは北の森の奥の外れに住む魔女ラストだった。

「ちょっと、あたしんとこだけ招待状が来なかったのはどういうことかしら!」

切り口上でそう言って、壇上の国王夫妻を睨んでからラストはベッドにいる赤ん坊を見た。
「あたしだけのけ者なんていい度胸だわ!後悔させてあげる」
慌てて制止しようとする魔女達を無視して、ラストは杖を振りかざした。

「この子は16になったら死ぬわ。16歳が寿命よ!」

一瞬の静寂のあと、妃が泣き出した。魔女達が途方に暮れた顔を見合わせる。勝ち誇った顔のラストは、そのまま広間を出て行こうと踵を返した。
「ま、待てラスト!」
慌てた国王が呼び止めた。
「おまえにも招待状は送ったはずだが」

「………は?」

ラストは振り向いた。

「10日前、パーティが決まってすぐに国中に送ったぞ。届いてなかったのか?」
「え………いや、来てなかったわよ……」
ラストは歯切れ悪く視線をさ迷わせた。魔女達がラストを見て、口々に言う。
「あんた、あんまりにも辺境に住んでるからよ」
「今までだって集会のお知らせとか届くのが間に合わなかったことあったじゃない」
「だいたいあんたんち、魔女組合の回覧板も回すの遅いのよねー」
「かっこつけて田舎に住むからよ。近所に引っ越してきてくんないと、こっちも色々面倒なのよ」

「うるさいわね!」
言い返す声が微妙に弱い。ラストは赤ん坊をちらりと見た。
今この赤ん坊にかけたのは魔法ではなく呪いだ。一度かけた呪いは解くことはできない。どうしよう、なんか怒りに任せて大変なことをしてしまった。
ラストは咳払いしてベッドに向き直った。呪いは解けないけど上書きならできる。どうにかしなきゃ。

「えーと……死ぬんじゃなくて、眠るだけね!そういうことで。うん、それならOK!」

そそくさと杖を振り、まだ涙に暮れる妃に小さくごめんなさいと呟いて、ラストはドレスの裾を大きく翻した。
途端にその姿は黒いカラスに変わる。
「あっ、ちょっと!逃げる気ね」
「そんなアバウトな修正でどーすんのよ!」
魔女達の非難も聞こえないふりで、ラストは窓から外へと飛び出した。

「………眠るといっても………」
国王は呆然とベッドを見た。なにも知らない赤ん坊はすやすやと眠り続けている。

そこへ、さきほど祝いをすませてなかった魔女が進み出た。魔女はぺこりと頭を下げ、ずり落ちかけた眼鏡を直してにっこりと微笑んだ。
「あの、私まだお祝い言ってませんでしたので。させていただいてよろしいでしょうか」
「おお、ありがとう。あまり見ない顔だが、新人かね」
「はい。見習い魔女のシェスカといいます」
シェスカはベッドのそばに行って赤ん坊を眺めた。それからおもむろに杖を振り上げ、

「この子の眠りは、素敵な王子様がキスをしてくれれば覚めるでしょう。その後は王子様と、末長く幸せに……」

「………あの、この子は男の子なんだけど……」

それまで黙っていた妃がぽつりと言った。
魔女達が「え」と言ったきり黙る。シェスカはすでに振り終えた杖を持ったポーズのまま動かなくなった。

「………………」
「………………」

その場に痛い沈黙が訪れた。しばらくは誰も口を開けず、ただ健やかに眠る赤ん坊を見つめる。
だってこんなに可愛いのに。成長しても絶対可愛いのに。これで男の子とか嘘ってゆーか詐欺。
魔女達はひそひそと囁き交わし、それから国王夫妻に優雅に頭を下げた。
「とにかく、死ぬことはありません。呪いは残りましたが、いつか王子様がそれを解いてくれるでしょう」
「いや、しかしそれは」
「では!私達はこれで!ごきげんよう、さようなら!」
魔女達はまだ固まったままの見習いを引っ張って、足早に出て行った。




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