小話1

□白雪姫はりんごアレルギー(崩壊する童話5題・その2)
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深い森が広がり、豊かな川が流れる小さくて静かな国。その中心に、小さな城が建っていた。

その城の地下には妃だけが入れる秘密の部屋がある。王様すらも入れないその部屋で、妃は一人で大きな鏡を見つめていた。

妃の頭が危ないわけではなく、ナルシストというわけでもない。じつは妃は、魔法が多少使えるのだ。鏡は妃の持つ唯一の魔法のアイテムであり、妃の相談相手でもあった。鏡はなんでも映し出し、どんな質問にも答えることができる。

目下の妃の悩みは息子のことだった。国王夫妻の一人息子は見目麗しく頭脳明晰で、跡取りに申し分ないかと思われたのだが。
とてつもなく汚い言葉使いと、王様が甘やかし過ぎたため世間知らずで我儘に育ってしまったのと、華奢で小柄なためか頭はよくても体術や剣術はからきしダメなことと。

特に最後の悩みは妃にとっては真剣だった。王様も妃も鬼のように強く、おかげでこの小さな国はどこの大国からも侵略を受けずにすんでいるからだ。

あの子が王位についたら、この国は無事でいられるだろうか。
妃は日課である筋トレに汗を流しながら遠い目で考えた。秘密の部屋には妃のトレーニングマシンがところ狭しと置いてある。その横で200キロのバーベルを片手で持ち上げて、妃はそのまましばらく考え込んだ。

「お妃様、バーベルは置いてから考え事をなさったほうが」

鏡が冷静な声で言った。
妃はバーベルをぽいと投げ捨てて、鏡の前へ歩いた。前に立っても自分の姿は映らない。鏡の中には金髪の美しい女性がいて、無表情に妃を見つめ返していた。

「聞くがね、ホークアイ。この世で一番強いのは誰だ?」

鏡の精は世界のすべてを見通すことができる。その目を評価され、妃からもらった名前がそれだった。
ホークアイは間髪入れず、無表情のまま唇だけを動かした。
「それはあなたです、お妃様」
「将来、うちの息子が一番になることは…」
「現状ではそれはあり得ません。この世で一番、猛獣などを含めて比較しても、強いのはあなたです。イズミ様」

妃イズミはまた考え込んだ。このままではダメだ。息子にはいずれ自分を追い越してもらわなくてはならないのに。
「いえ、だいたいあんなに小柄な体でイズミ様を追い越すほどの腕力がつくとは到底思えませんが」
ホークアイのツッコミも聞こえていないイズミは、しばらく考えてからなにかを思いついた様子で急いで部屋を出た。鏡の中のホークアイは、ひょいと肩を竦めただけでそれを見送る。

たったひとつ方法はあるのだけれど。

今はなにを言っても無駄かしら。
ホークアイはため息をついて、その鷹の目で妃の行動を見守ることにした。






というわけで城を追い出された王子エドワードは、深い森をあてもなく彷徨っていた。
持ってきた弁当はとっくに食べてしまったし、磁石も地図もまったく頼りにならない。
今朝までいた自分の部屋を思い出し、軟らかいベッドが懐かしくなった。
帰りたい。だが、帰るとあの母親にどんな目に合わされるかわからない。
エドワードは悔し紛れに太い木の幹を蹴飛ばして、爪先の痛さに蹲った。

「いってぇ……くそ、あの暴力ババァ。なにが武者修業だよ、今どきそんなん流行んねぇっての」

ぶつぶつ言いながら座り込み、茜色から藍色に変わる空を見上げる。星がひとつ輝き始めていた。
「あー、金星があそこなら村はあっちかなぁ…」
星の位置から地図を思い浮かべて、最寄りの村の方角を見た。が、暗くなった森がますます深くなっていくばかりで、その向こうはまったく見えない。

「あーあ、腹減った。最悪……」
エドワードは呟いて立ち上がった。文句を言ってもどうにもならない。とにかく歩くしかない、と足をゆっくり踏み出したとき。

前方の木々の間に、ちらりと明かりが見えた気がした。



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