小話1

□M気質のシンデレラ(崩壊する童話5題その1)
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「シンデレラ、これも洗濯しときなさいよ」
頭の上にスカートが降ってきて、驚いて顔をあげた。去年新しい母親になった女が冷たい目でこちらを見下ろしている。
その後ろには女が連れてきた姉妹。二人ともオレより年上で、義理の姉になる。

父親は仕事ばかりで家にあまりいない。それをいいことに、オレのどこがどう気に入らないのかこの継母は経費削減とか言って使用人をすべて辞めさせ、オレに家事を押しつけた。
オレの名前も知ってるくせに、いつのまにかシンデレラなんてあだ名をつけて呼んでいる。
オレはエドワードってんだ。シンデレラなんて呼ばれて嬉しいわけがない。だってどう聞いても女の名前だ。オレは男なのに。

毎日家事に明け暮れて、炊事も洗濯も掃除も手慣れてしまった。こうして嫌がらせみたいに洗濯物をあと出しされるのも慣れてしまってなんともない。
父にはそこそこの財産と、末端ながら爵位がある。それが目当てで結婚したんだろうから、嫡男のオレが目障りなんだろう。
家出でもするのを待ってるのかもしれないが、あいにく行くアテも自由になる金もない身ではどこへも行けない。オレは世間知らずじゃないから、のたれ死ぬとわかっていて飛び出すほどバカじゃないんだ。

というわけで今日もせっせと床を磨きつつ洗濯物を黙って受け取った。継母そっくりの姉がなにやら嫌味を言っているが聞き流す。まともに相手にしてたら家事が終わらないから。

慣れというのは恐ろしい。オレは果てしない家事を機械のようにこなし続け、なにを言われても黙っていた。それが平気でできるあたり、自分の精神力に感心する。


「ねぇ、新しいドレスが欲しいわ。舞踏会で着るの」
「あら、私だって欲しいわ。目立たなかったら王子様の目に止まれないもの、うんと派手なのにしなくちゃ」

心配しなくても目になんか止まらねぇよと思うが口には出さない。来週開かれるお城での舞踏会で頭がいっぱいなんだろう。王子の誕生会という名目だが、妃を選ぶための舞踏会だともっぱらの評判だ。
そんなもんで花嫁を選ぼうなんて、王子とやらの気が知れないとオレは思う。確か30前だったか。そんな年まで独身でいればまわりも世話を焼きたくなるのかもしれないけど、普通に見合いとかは考えなかったんだろうか。貴族の娘を目の前に並べて「どれにしようかな」で選ぶとは、王族というやつは理解できない。

まぁ、関係ないけど。
どっちかの姉がうまく王子を引っ掛けてくれたら、こんな家のちっぽけな爵位なんて意味がなくなるだろう。継母と姉達がお城に行ってくれたらまた平和な日々が戻って来るんだけどな。

お世辞にも器量がいいとは言えない姉達を見て、儚い希望は持たないほうがいいとオレはため息をついた。






翌週。姉達はもちろん継母までがリオのカーニバルなみに着飾って馬車で出て行った。継母も王子を狙っているのか。感心しながら送り出し、さて、と束の間の自由を得て久しぶりに書庫から本を一冊持ってきて、オレはバルコニーに座り込んだ。3人とも留守なんて滅多にない。夜中まで帰らないだろうから、それまで楽しく過ごさせてもらおう。

そう思って飲み物を横に置き、本を手に取り表紙をめくった。

が、すぐに閉じた。

オレが閉じたわけじゃない。風みたいな強い力で、いきなり勝手に表紙がばたんと閉じたんだ。

びっくりして顔をあげると、2階のバルコニーのはずなのに手摺りの向こうで女の人がにこにことこっちを見ていた。



「こんにちはシンデレラ。私は魔女のウィンリィよ」

「……………はぁ。こんにちは」

笑いかけてくる魔女に返す言葉が見つからなくて、オレはとりあえず挨拶した。ウィンリィは確かに魔女のようだ。古ぼけたほうきにまたがって、ふわふわと宙に浮いている。黒いマントととんがり帽子は絵本で見る魔女の姿にそっくりだった。

「あなたにプレゼントがあるのよ」
ウィンリィは笑顔でそう言った。しかしオレにはそんなものもらう理由はない。
「なんで?」
素直に聞くと、普段一生懸命働いているご褒美だと言う。
「たまたまここを通りかかったときに、おうちの人に意地悪されてるのを見たのよ。よく我慢してるなぁって感心してたの。だから、ご褒美よ」
「……………はぁ」
なんだか微妙だが、頑張ってるからご褒美と言われればなんとなく納得できる。「じゃ、なにをくれる気なんですか?」
ウィンリィはオレの問いに、待ってましたとばかりに得意そうに微笑んだ。

「お城の舞踏会に行かせてあげる」
「結構です」

即答するオレに、ウィンリィはちょっと引きつった。
「だって、このへんの貴族の娘はみんな行ってるわよ!あなただって行きたいでしょ?」
「いや、オレ男だから」
ウィンリィは驚愕に目を見開いた。
別にいいけどさ。女みたいな顔してるから、よく間違えられるし。慣れてるし。
でも、そこまで驚かなくてもいいんじゃねぇ?
オレは驚愕の顔のまま固まって動かないウィンリィを眺めた。
人間ってすごいよな。色んな辛いことや嫌なことがあっても、それが続けば慣れるようにできてるんだから。


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