小話1

□全身で、(『きみに、恋をした』その5)
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休日といっても特にすることもない。掃除をして洗濯をすれば、あとは時間を持て余すだけだ。
私はため息をついて時計を見た。まだ正午を少し過ぎたあたり。職場の友人はみんな仕事中だ。
どうしようかな、と思っていたら、部屋の隅に置いた電話が鳴った。



「あ、中尉!こっちこっち」

大きく手を振る姿を認めて苦笑して、足早にそちらに近づいた。
大きな体にジャケットとジーンズ。口にくわえたタバコも妙にサマになって見える。やっぱり職場で軍服を着ているときとは違って見えるな、と感心して眺める私を、相手もへぇーとか言いながら遠慮なく眺めてくる。青い瞳がいたずらっぽく細められて、なんだか大きな子供のようだ。
「やっぱ軍服とは違いますね。似合うなぁ」
にこにこと褒められて、なんとなく気恥ずかしくなる。別に彼氏とデートってわけじゃなし、と適当に選んだ服を少しだけ後悔した。「で、どこにあるの?そのお店」
話題を逸らそうとそう言うと、少尉はそうそうとポケットからチラシを出した。
新しくできたケーキ屋さんに行きたいと少尉が言ったときは驚いたが、彼が片思いしているあの子はケーキが好きだったと思い出して納得した。旅立ってしばらく経つ。もうそろそろ帰ってくる頃だ。プレゼントにでもするつもりなんだろう。旅ばかりのあの子には、品物よりはこういうものを贈るほうが荷物にならなくていいかもしれない。
「中尉が暇でよかったスよ。オレ一人じゃ入る勇気ねぇから」
「確かにね。可愛いケーキ屋さんであんたみたいなでかい男が一人で物色してたら注目の的よ」
からかうように言って、チラシに書いてある地図を頼りに歩き出した。だいぶ慣れたとはいえセントラルはイーストシティとは比べものにならない街だ。小さな店を探して歩くのはなかなか大変だった。


「あれ」

しばらく歩いていると、前方を見ていた少尉が呟いて立ち止まった。
なに?とそちらを見るが、少尉と目線の高さが違う私には人々の雑踏しか見えない。必死に爪先立ちをする私に抱えてあげましょうかとからかう声が降ってきて、あの子が暴れる理由が理解できた気がした。うん、これは面白くない。ムカつく。
「ほらアレ。大佐じゃねぇかな」
道路の隅に寄って前方を指差した少尉の手の先をじっと見た。黒髪の上司らしき男がゆっくりと歩いている。
まわりの人々に追い越されながら歩く上司は時々横を見てなにか言っている。連れがいるようだった。
軍服の上に黒いコートを羽織った姿に、今日の上司の予定を頭の中で考えた。特に会議もなかったし、最近は事件もない。が、午前中で終わるような書類の量ではなかったはず。
「またさぼってるのね」
眉間に皺が寄るのを自覚しながら呟いた。それを見下ろした少尉が面白そうに笑って私の額を指でつつく。
「こんな顔ばっかしてたら、戻んなくなりますよ」
「仕方ないじゃない、だって上司がアレだもの」
「あー……。誰かとデートですかね。珍しいな」
少尉は肩を竦めてまた前を見た。あの金色の子供が現れてからこっち、デートどころか女性の存在すら忘れたようにひたすら子供を追いかけ続ける上司は品行方正清廉潔白、人が違ったようになっていた。どんな美人も歯牙にもかけずあの子が帰ってくるのだけを待ち続け、毎日毎日鋼の鋼のとウザいったらない。
そんな上司がデート。まさか。
でも現実に、上司は誰かの肩を抱いてしきりに話しかけている。その顔は見ていられないほどにやけ切っていて、司令部で見る威厳は微塵も感じられない。
「うわ、信じらんねぇな。大将がいねぇからって浮気かよ」
少尉は怒ったような声で言った。彼にしてみれば恋敵のはずなのだが、イーストにいた頃からずっとだから戦友のような気分なんだろう。裏切られたような気持ちなのだろうか。
しかし私も穏やかには見ていられない。書類をさぼってデートだなんて。銃を持ってないのが残念だ。

二人でこっそり近づいた。何人か挟んで向こうにいる上司は、普段気配に聡いのが嘘みたいになにも気づかずにしゃべり続けている。それだけ相手に夢中ということなのだろうが、仕事を思い出してもらわねばこちらが明日困るのだ。
さっさと気づいてもらおうと足を早めると、上司の声が聞こえてきた。

「でね、ハボックのやつ禁断症状でパニックみたいになって。しまいには中尉に銃で脅されたりしてたよ」

あっはっは、と上司がのんきに笑う。こないだ少尉が禁煙に挑戦していたときのことかと私は思い出した。あのときは面白がった上司がタバコをわざわざ買ってきて見せびらかして遊んでたっけ。
怒りを忘れて思わず笑うと、横から少尉に肘でつつかれた。ごめんなさい、でもあの情けない顔の少尉は面白かったわ。
「大佐のやつ民間人に軍内の秘密を話すとは。もー許せん」
秘密なのアレ。とかツッコミを入れようとしたが、少尉は上司に声をかけようと素早く前に踏み出した。

が、そのまま。
口を開けたまま、手をあげたままでどうしようかと困った顔でこちらを見る。
どうしたの、と言いかけて私も黙った。

上司の腕に抱かれて歩いているのは、金色の髪に赤いコートを着た小柄な少年だった。



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