小話1

□泣きそうな笑顔に、(『君に、恋をした』その4)
1ページ/4ページ


「好きだよ」


オレの目をまっすぐ見て、ほんの少しだけ切なげに、でも優しく微笑んで。

「本気だよ」




いつからだったっけ。
用事があってあいつのところに戻るたび、二人きりになると必ずそう言われるようになった。
最初は確か、嫌味とからかいの言葉だけしかなかったように思う。
それがいつのまにか、そんなふうになった。
いつからだったか思い出せないから、なにがどうなってどんなふうにあいつの中のスイッチが切り替わったのかまったく見当もつかない。

けど、オレは知ってる。あいつが本気じゃないってこと。
だって、東部に来るたびに耳にするあいつの噂は女のことばっかりだ。とっかえひっかえ、ヒトの彼女だろーが奥さんだろーがお構い無し。毎日違う女を連れて、昔の女が縋ってきたら冷たい態度で追い返す。いつ背中を刺されるか、賭けてる連中もいるらしい。
そんなあいつがオレを?冗談じゃない、オレは遊びに付き合うほど暇じゃない。
あんな言葉、あいつにとってはなんでもない言葉なんだ。言い飽きた台詞で、それでオレがびっくりしたり狼狽えたりするのを見るのが楽しいんだろう。
悪趣味にもほどがある。いくらオレがガキで経験がないからといっても、からかうためにそんな言葉を軽々しく言っちゃいけないっていうことくらいわかるんだ。

「私と付き合ってくれないか」

鋼と生身のアンバランスな両手を握って、真剣な声であいつが言う。
言われるたびにオレが傷ついてるなんて知らないくせに。胸に刺さったトゲが、もう抜き取れないくらい深いところでずきずきと心のどこかを傷め続けているのに。

なんでまだ言うんだろう。どうしてやめてくれないんだろう。

断っても怒っても、何度でも言うあいつに疲れ切ったオレは、ある日とうとう頷いた。
嬉しそうに笑うあいつの顔を見て、また新しいトゲが胸の奥に刺さるのを感じた。




帰るたびにオレを抱き締めるあいつの服からは、昔よくついていた香水の匂いはしなかった。
前は離れていてさえわかるくらいだったあの匂いがいつから消えたのかと考えたけど、思い出せなかった。あいつがオレに好きだとかなんとかタチの悪い冗談を言うようになったのがいつだったか思い出せないのと同じように。

関係ないさ。着替えたりシャワー浴びたりすれば消える匂いなんだから。
うん、関係ない。
だから期待しちゃダメなんだ。

もしかしたら本当に本気なのかも、とか。

そんなこと考えたらダメなんだ。




「なぁ鋼の。旅が終わったら一緒に暮らさないか」

あいつは今度は違う冗談を思いついたらしい。

「きみとなら死ぬまで楽しく暮らせると思うんだ」

死ぬまで一緒に?それって結婚?
馬鹿馬鹿しい。そこまで付き合ってられっか。
オレは返事をしなかった。
あいつはオレの肩を抱いたまま、どんな指輪がいいかとか新居はどんな家にしようかとか、仕事もしないでにこにこと相談してくる。知るかよ。そんなことより目の前の書類をなんとかしないと中尉に見つかったらオレの旅が終わる前にあんたの人生が終わっちまうぞ。


あいつは女ができるたびにあんな馬鹿みたいなウワゴトを囁いているんだろうか。だとしたら本当に刺されるのも時間の問題だとオレはそっぽを向いたまま思った。
ほんと、馬鹿じゃねぇの。そんなんに騙されるようなアホと思ってるんだろうか、オレを。

そんなことより、胸のトゲを抜いてよ。もう奥に深く刺さりすぎて、自分じゃ抜けそうにないから。







そんなことばっか考えてたから、オレは見事にドジを踏んだ。
いつもなら躱せるはずのナイフが躱せなくて、冷たい刃が腹に深い傷を作った。

薄れていく意識の中で浮かぶのがあいつの顔だということに苦笑しながら、オレはオレを軽蔑した。

あいつの言ったのは全部冗談なんだ。
本気の言葉なんかひとつもない。
だってそうだろう。オレは女じゃない。手足の欠けた痩せっぽちの男のガキだ。

まだあいつの口から嫌味しか聞かなかった頃に見た、きれいな女の人と歩くあいつの姿を思い出した。
ふいにこちらを見たあいつと目が合って、なぜか涙が出て慌てて逃げた。

なんでなのかはあとからわかった。でもわかりたくなかった。あいつなんかが好きだなんて、オレはどうかしてると思った。










.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ