小話1

□つれない態度に、(『君に、恋をした』その3)
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私にはそういう趣味はない。

断じてないと言い切れる。
今まで30年近く生きてきて、そういったことに興味を持ったことはなかった。
今からもないと断言できる。

だが。




「あーもう、いい加減にしろよ!」

執務室に罵声が響く。
声の主は怒り心頭といった表情で私を睨みつけて、まだ傍から退かない私に次はなにを言おうかと思案しているようだ。
およそこの世にある全ての罵倒の言葉はすでに使い尽くしていて、それでもなお動じる気配もない私に言葉が見つからなかったらしい。彼はまた手に持った本に目を戻した。

本は私が与えたものだ。彼をここに居続けさせるために必死になって手配して、先日ようやく手に入れた本。それを餌に彼を呼び出し、やってきた彼をソファに座らせてからすでに3時間が経過する。
その間飽きもせず自分を見つめ続ける私の視線に耐えきれなくなった彼がわめき出したのは1時間前。ふむ、以前は30分もしないうちに怒鳴り始めていたというのに、ちょっとは成長しているということか?
まぁ、ただ慣れただけかもしれないが。なにしろ呼び出すたびに毎回これだ。いい加減慣れてもおかしくはない。

「………なににやにやしてやがんだよクソ大佐」

敬意のかけらもなく私の地位をそのまま呼び名にして唸るように言う彼の金色の瞳が、なんだか獰猛な肉食獣を思わせる。
つまりは相当怒っている。
それでも私は傍を離れる気はない。本を読み終えて次の旅のヒントを得れば、彼はまたどこへとも知れない場所へと駆け出して行く。その次はいつ会えるのか、お互い無事で生きて会えるのか、それすらもわからない。
だったらここに、手の届くところにいるときだけでも、傍にいてその姿を愛でていても罰は当たらないだろう。

「あのな、気が散るって何回言わせんだ!てめぇ仕事はないのか!あの机に築かれた紙束の山は目に入らねぇのかよ!」

金の髪を震わせて怒鳴る彼が指差す私のデスクには、確かに書類が山と積まれて決済を待っている。だが、そんなものは些細なことだ。彼の姿を脳裏と網膜に焼き付けるのに忙しい私は、あんな紙きれと戯れる暇はないのだ。

「その気持ち悪ぃナレーションやめろ」

む?彼はいつの間にか読心術を身につけたのか?

「違う。さっきから全部声に出てる」

ああ、そうだったのか。やはり君を想う気持ちは心の中だけには収まりきらなかったようだ。ははは。

「はははじゃねぇっつの!キモいんだよ変態!」

……変態はちょっと凹むな。もう少しオブラートに包めないのかい?
まぁいい、そんなことよりもっと大事なことはいくらでもある。例えば今夜の予定とか。

「鋼の、夕食を一緒にどうかな?」

口に出して言ってみた。さきほどから鋼のには心の声がだだ洩れだったようだが、それはとりあえずほっとく。夕食、これは私にとっては軍務よりも大事な問題だ。

「一人で食えば?」

相変わらずそっけない。つれないね、と肩を竦めて見せたら、あんたのせいで読書が進まないからと言われた。うむ、確かに邪魔しているつもりだからその通りだ。

「新しいレストランはシチューが評判らしいよ」

ぴくんと揺れるおさげを見て、もう一押しと笑ってみせる。

「そうそう、そこの近くの店のドーナツは絶品らしい。揚げたてを包んでくれるそうだ」

ふるふると揺れるおさげが可愛い。やがて彼はちらりと私を見て、仕方ねぇなと投げやりに言った。

「どーしてもっつんなら、付き合ってやんなくもねぇぜ」

口調はそんなでも興味があるのは間違いない。彼は本を閉じて私を見た。ていうか睨んだ。

「あの山なんとかしねぇと帰れねんだろ?早くしろよ」

喜んで。そう言って私はデスクに戻った。

ツンデレという言葉は彼のためにあるに違いない。その言葉通り、あんたが言うから仕方なく付き合ってやるんだぞ、有り難く思えよなどと言う彼はデスクの紙の山と壁の時計とを忙しく見比べている。育ち盛りの子供に好物ばかり並べてみせた私に素直に付き合うのは癪だが食欲には勝てないというところか。



私にはこんな趣味はなかったはずだ。
罵声を浴びせられ怒鳴られ続けて、挙げ句殺気をこめた目で睨まれて。
それが楽しくて仕方ない。
彼のすること言うことが可愛くて可愛くて、なんでも許してしまう。

そんな、罵倒されて喜ぶ趣味など持ち合わせていないはず。なのに嬉しくてついにやけてしまうのはなぜだろうか。


「さぼってばっかいるからそんなに書類溜まんじゃねぇの?ほんっとあんた、無能なのな」

憎まれ口を叩きながらも時計を見て私を見る。早く早くと急かされることが嬉しくてたまらない。


やがて外が暗くなり夕食にちょうどいい時間になる頃、私のデスクも片付いた。

終わったよと言うと弾かれたようにソファから飛び降りた彼は、早く行こうとドアに駆け寄ろうとする。
それへ足早に近づいて、片手を握った。
固い感触に右手だったかと思うが、どっちの手でも構わないんだからそのまま握りこんでドアを開けた。

「手、離せよ」

眉を寄せて不機嫌そうな声を出す彼をちらりと見下ろして、とっておきの笑顔で嫌だねと答えた。
せっかく一緒に歩くんだ。手くらい繋いだっていいだろう。

「やっぱあんた、変だ」

ぷいと横を向く彼の顔は耳まで赤くて、拗ねたように唇を尖らせているが自分から手を振りほどこうとはしない。

ああもう。そんなつれないふりをするたびに私がどれだけ繰り返し恋をしているか、きみは想像もつかないだろう。私もわからないが。だってきみはいつももれなくつれなくて意地悪で、何度恋をしたか数えきれない。


「好きだよ鋼の」
「…………ばーか」

可愛い声でそんなふうに答えるから。

ほら、まただ。




君に、恋をした。









END. 

どういう大佐?Mなの?M入っちゃってんの?




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