小話1

□出逢った瞬間、(『君に、恋をした』その2)
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「ども。はじめまして」

不貞腐れたように見える顔で、金色の瞳を窓の方向に向けて。

そう挨拶する子供に、オレは一目で恋をした。





「最年少で資格試験受けるらしいぜ」
「生意気で口の悪いガキだそうだ」
「どうせ頭でっかちで屁理屈ばっか捏ねる秀才タイプだろ。瓶底みたいなメガネかけてたりとかな」

前評判はそんな感じ。
みんなが言う噂話にオレは適当に相づちを打って、興味がないのを誤魔化した。

国家錬金術師なら一人身近にいる。
仕事が嫌いで女好きで、へらへら笑ってたかと思うといきなり怒鳴ったり。ワガママで自信過剰で態度のでかい、わが上司だ。

だから正直、どうでもよかった。錬金術師なんて人種はオレたち一般人とは違う次元に生きてるんだ。そう、宇宙人みたいなもんだ。関わるとろくな目に合わない。今だってその上司が蓄めた仕事でオレたち全員休日返上で頑張っている。
その上司は噂の主を連れてセントラルに行っていて、今頃はどっかの高級ホテルかなんかで豪華な食事を堪能している頃だ。オレたちがパンを齧りながら必死でペンを動かしているってのに。

明日、その上司が帰るまでにこの書類の山と報告書その他諸々を片付けなくてはならない。どっちかつーと上司よりその傍に控えている副官が怖いから。

というわけで、噂なんて聞き流していた。子供の錬金術師なんて、どう考えたって普通じゃないだろう。それにだいたい、オレみたいな下士官は口をきくことすらないんじゃないか。国家錬金術師といえば少佐相当の地位だ。雲の上。
そんなん上司に任せて、オレは目の前の仕事の山を減らすことだけ考えていればいい。



なので翌日、上機嫌な上司と副官が連れて来たその噂の子供と、なんの心構えもないまま逢ってしまった。

こちらを見ようともせず、目を逸らしたままで挨拶する礼儀知らずなクソガキ。
上司の執務室でソファに座って足を組んで、ふんぞり返ったその態度にムカつくのも忘れてオレは子供を見つめていた。

金髪で金瞳。小柄な体に赤いコートを着て、外した手袋から覗いたのは銀に輝く機械鎧。
噂に違わず生意気で口の利き方も知らない子供だった。が、その容姿ときたら。

こんなの詐欺だろ。聞いてなかった。
なんでこんなに可愛いんだ。オレはショタじゃなかったはず。なのに目が逸らせない。なんなんだ、コレ。


「試験の結果は数日中には届くが、まぁ合格だろう」
上司が満足そうに言った。子供は当然と言いたげににやりと笑い、目の前の紙カップを手にとった。
不遜な態度に似合わないココアの甘い匂いがした。

「で、仕事はどうなってる?」
いきなり上司がオレを見た。オレは慌てて手に持ったままでちょっとくしゃっとなった書類を差し出した。
「コレ、報告書っス。あとの書類はそれぞれ管轄に回しました」
「ああ、ご苦労。なんだ、意外と早かったな。ハボックのくせに」
「なんスかソレ」
揶揄する上司に顔をしかめて見せると、ソファの子供がくすくす笑った。

さらさら流れる金髪から見え隠れする横顔に、また目が釘付けになった。

ヤバい。
このままだとオレは変態だ。男のガキに一目惚れなんて、いくらなんでも冗談にならない。

「じゃ、オレもう帰っていいスか」
ようやくで絞りだした言葉に、上司ではなく副官が頷いた。ウチじゃ副官のほうが強くて権限がある。
「お疲れさま」
「……失礼します」
無理やり視線を剥がして、オレはドアを見た。これ以上はマジでヤバい。さっさと帰って寝よう。疲れてんだよきっと。ほとんど徹夜だったし。

棒のようになった足を前に踏み出したとき、子供がソファから立ち上がる気配がした。
そんで声が。

「あ、じゃオレも宿に帰る。疲れたしハラ減ったし」

なんでオレに合わせてんだよ。ヤバいっつーの。もう無理だっつーの。ちょっとは解れよクソガキ。

「じゃあ少尉、送って行ってあげてくれない?エドワードくんはイーストは初めてで、道に不慣れだから」

……………。

中尉に言われて逆らえるわけがない。
オレは振り向いた。
エドワードとかいうガキはオレのすぐ後ろにいた。
さっきまでの大人びた表情はどこへ行ったのか、なんとなく恥ずかしそうにオレを見て、別に一人でも帰れるのになんて強がりを呟いたりしている。

ほんの少し赤く染まった顔で、上目遣いに見上げてくる子供を真正面から見てしまって、オレはとうとう降参した。

ああ、これでもうオレも変態の仲間入りだ。こんな年下の男のガキにこんな気持ちになるなんて。しかもついさっき出会ったばかりで、ろくな会話もしてないってのに。

「んじゃ送りましょうか。宿はどこっスか?」
一応オレより上になるかもしれない子供にそう言うと、子供は眉を寄せてオレを見た。
「敬語やめろよ。オレ軍人じゃねえし」

その顔、マジ反則。

「…………えーと、じゃあ……エド?」
「うん、そんな感じで」

子供は初めてにっこり笑ってみせた。ひまわりかなんかが開いたような、明るくて輝くような笑顔。

ショタコン上等。
変態万歳。

オレは笑って、それじゃ行こうかと子供の肩に手をかけた。
そこで顔をあげると、上司がこっちを睨んでいた。
なんつーか、視線で人が殺せるならオレは即死だ。そんな目で。
そうか、上司も変態仲間か。オレはわざとらしく笑って、また明日と手を振って執務室を出た。

隣の子供をメシに誘うと、満開の笑顔で頷いてくれた。





出逢った瞬間、恋をする。

そんなこと映画や小説の中だけだと思ってた。

今だって、錬金術師なんていう正体不明な人種に関わるとろくなことがないって思ってる。回避するのが正解だとしっかりちゃんとわかってる。

けど、無理。もう惚れてしまった。
それが変態ショタコンまっしぐらでお先真っ暗な道だとしても、まったく全然かまわない。つーかどうでもいい。こんなに夢中になるなんて生まれて初めてだ。

オレは宙に浮いてんじゃないかと思うくらいふわふわした気分で、金色の子供に改めて自己紹介を始めた。







END.

なにかに目覚めたハボさんでした。ついでに大佐も目覚めたらしい。変態の度合いで言ったら大佐のほうが上だよね。

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