小話1

□澄んだ声に(『君に、恋をした』その1)
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太陽が西に傾き、狭い書庫が薄暗くなってきたのも気づかずに、オレはひたすら本を読んでいた。
読んでは要点をそばの紙に殴り書きして、また読んで。紙切れにはオレにしか判読できそうにない文字が並んでいて、もうどこにも書くところはない。
ページをめくり、読みにくさに目をこすって、それから顔をあげた。部屋はとっくに明かりがなければ歩けないくらい暗くなっていた。

「ようやく気がついたか?」

どきん、と心臓が跳ねた。

後ろから降ってきたその声に振り向くと、私服に着替えて帰り支度を済ませた大佐が苦笑いして立っていた。
「さっきから何度も呼んだんだよ。まだ読み終わらないのか?」
「……あー、いや。また明日にするよ」
オレは急いで顔をそむけて、本を閉じて書棚に戻した。
暗くてよかった。多分今オレの顔は真っ赤だ。
いまだドキドキしている心臓の音を気づかれてやしないかと大佐をちらりと見たが、そんな様子は見えない。気づけば調子に乗るはずだから、大丈夫。多分。

「どうした?早く帰ろう。レストランが閉まってしまうぞ」

大佐はドアに向かいながらオレを振り向いて、手を差し出してきた。
「………なに?」
「なにって。手を繋ぐくらいで驚かなくても」
大佐の手は強引にオレの手を握りこんで、そのまま引っ張って行く。
暖かい感触に、また頬の熱があがるのがわかる。
どうしよう。


「鋼の?」

不審に思ったらしい大佐がオレの顔を覗きこもうとするから、ふいと横を向いた。そしたら追いかけてくるから、今度は下を向いた。

「どうしたんだ。なにか気に触ることでもあったか?」
「うるせぇ。こっち見んな」

大佐は呆れたように肩を竦めて、オレの手を放した。
離れて行ってしまうのかと思わず顔をあげたオレを、大佐の腕が引き寄せた。

「どうしたのか言わないとわからんぞ、鋼の。私はあいにく読心術の心得がなくてね」

直接耳元に響く声に身を竦ませて、オレはそっと大佐の背中に手を回した。
好きな人に包まれるのは、どうしてこんなに気持ちがいいんだろう。心も体も、溶けてしまいそうだ。

「なんでもねぇ。ちょっと………照れただけ」

囁き返すと小さく笑う気配がした。


言えるわけないじゃん。
もう恋人になってずいぶん経つのに、いまさら。

あんたのその声に、また恋をしたなんて。

恥ずかしくて言えない。
言えばきっとコイツは、幸せそうに嬉しそうに笑うに違いない。
そんな顔見たら、今よりもっとあんたに恋をする。今よりずっとあんたが好きになる。
オレだけそんなの、ずるいじゃん。


「……ハラ減った。早くメシ」

だからそれだけ言って、腕の中から抜け出した。
大佐はまた苦笑して、ムードがないなとか言いながらドアを開けて。


それから手を繋いだまま書庫を出て、二人でゆっくりドアを閉めた。








END.

………………ゲロ甘。

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