小話1

□初恋にまつわる5題
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【こんな想い、知らなかった】






最近、私はかなりおかしい。



久しぶりに帰ってきた金色の子供と大きな鎧は、私の部屋なぞ素通りで他の連中が詰めている部屋でおしゃべりしたりお茶を飲んだり、来訪からしばらく経つのにいまだ顔を見せてない。
いつものことだが、気に障る。
さっさと来れば可愛げもあるのに、なかなか来ないからイライラする。
ようやく来たと思えば、嫌々来てやったと書いてあるような顔でむっつりと報告書を提出し、あとは早く出たいとでもいうようにドアばかり眺めてろくに口もきかない。
対して弟はしつけが行き届いている。きちんと挨拶をし遅くなった詫びを言い私の仕事の邪魔にならないかを気づかい兄の無礼な態度を諫める。よくできた弟だ。
兄はというと、そんな弟をうるさげに睨んで唇を尖らせ、さっさと読めと私を急かす。なにをそんなに急いでいるのか。
そういう態度が面白くなくて、わざと時間をかけて報告書を読み誤字脱字や殴り書きの文字を事細かに注意してやる。嫌がるのを承知で嫌味な笑顔を浮かべてお茶を勧めれば、もう飲んだとしかめた顔で即答し、あんたと飲んでも楽しくないととりつくシマもない返事。

まったく可愛くない。

窓の外を見つめる金の瞳を見ていると、それに映っているのはここではなくどこかはるか遠くのなにかなんだろうと思う。
ここはこの子供にとってはただの通過点で目的地ではない。それがわかっているから、余計にちょっかいを出してこちらを向かせたくなる。なにも映していなかった瞳がこちらを見て、きつい光を放ちながら私をそこに映し出したときに、私はなぜだかひどく安心する。私だけを見ていることに満足する。
そしてようやく解放してやると、きらきらした残像だけを残してドアから外へ飛び出て行く金髪が「クソ大佐!」などなど色んな捨て台詞を残して見えなくなる。あとから弟がぺこぺこと頭をさげつつ慌ててあとを追って行く。



本当におかしい。

数ヶ月に一度繰り返されるその行事が、とてもイライラするしムカつきもするのに、楽しみで仕方ないのだ。
今度はどんな嫌味を言ってやろうかとか、どんな嫌がらせをしたらあの小さな子供はムキになってつっかかってくるだろうかとか。
そんなことばかり考えてニヤニヤして、麗しい副官に病院に行きますかと無表情に言われたりする。
あの子供のことを考えるとそれだけで楽しくて、以前は楽しみだった色んな女性との遊びも最近はとんとご無沙汰だ。



おかしいにも程がないか。なんで私はこんなにあの子が気にかかる?







先日街を歩いていたら、昔付き合ったことのある女性に会った。
お元気ですかと当たり障りないことを言ったつもりだったが、相手はどうやらいまだに未練があるらしく話をしたいとしきりに誘ってくる。
あいにく非番で私服で出ていて、仕事があるからと逃げることもできず。
どうしようかと思っていたら、視界の隅を赤いコートが掠めた。
「鋼の!」と呼べば、あからさまに見つかってしまったことを後悔する目で睨まれた。が、おかまいなしに足早にそっちへ行く。
失礼、部下と約束がありまして。そう早口で女性に告げ、子供に追い付いてその小さい肩に手をまわす。逃げられないようにとしたことだったが、意外に細い肩にどきりとした。

「ほっといていいんかよ」

そう言いながら私を見上げてくる、あの金色の瞳。

その中に映るのは私。
他の景色も空の色も映さず、ただ私の間抜け面だけ。

その瞬間思い知った。

捉われてしまっているということを。


「困ってたんだよ。ちょうどきみがいてくれてよかった」

お礼にお茶でも、と言えば案の定即座に断られた。
では食事はと聞いてそれも即答で蹴られた。
どこへ行くのかと聞けば関係ないだろうと睨まれ、ついて歩けば来るなと怒鳴られる。

嫌がるのを見て喜ぶなんて、好きな子をいじめる子供のようだと自分で自分がおかしかった。
が、いつもの通りの反応をするこの子が面白くて楽しくて、結局その休日は1日子供について歩いた。




私はいつも通り笑えていただろうか。

ひとまわり以上年下の少年にこんな気持ちになるなんて思わなかった。

気づかれたら多分もう傍に来てもくれないだろう。

せめて顔を見たい。

その瞳に誰か特定の相手を映すようになるまで、それまでは。

私をそこに映し出していてほしい。





こんな気持ち、知らない。

今まで経験したのはすべて恋愛なんかじゃなかった、と思い知らされるような。

熱くて激しくて、なのに妙に静かな感情。



こんな想い、知らなかった。



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