小話1

□さよならじゃない、最後の言葉
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隣で眠る大佐のアホ面を眺めながら、ぼんやりと座っていた。

もうすぐ夜が明ける。

空が少しずつ色を変えていくのを見て、もう出なきゃ、と思う。
思うんだけど、体は言うことをきいてくれない。始発に間に合いたいなら、もう服を着て靴を履かなきゃ。荷造りしておいたトランクを持って、ここを出なきゃ。

大佐と暮らすようになって、何年経つっけ。最初は押し負けたみたいな感じで渋々だったのに、いつのまにか馴染んでいて。
一緒にごはん食べて、一緒に眠って。それが楽しくて、嬉しくて。
もしかしたら、このままずっと居られるかもしれない。
そんなふうな夢を、見るようになってしまった。

けど、知ってんだ。
あんたが出世するたびに舞い込んでくるお見合い話。断りにくい相手からのものも多くて、あんた困ってるんだよな。
男と同棲してますなんて言えるはずもなくて、毎日難しい顔で考え込んでるって。
余計なことを、なんて部下を叱ったりすんなよ。皆も、本気であんたのこと心配してんだから。

オレは枷になるためにここにいるわけじゃない。オレの存在があんたにとって重荷になるなら、いつでも出て行く覚悟はできてたんだ。

のろのろとベッドを降りて、ゆっくり服を着ながら考える。

さようなら、なんて言わない。
オレはこれからもずっと、あんたを想ってる。
心はずっと、あんたと共にある。

けれど、ずっとずっと考えていたけど、思いつかなかったんだ。
さよならじゃない、最後の言葉。
あんたならなんて言う?
オレには、あんたみたいな気障なセリフはどうしても言えなくて。

だから、ずっと言えないでいた、この言葉を残すことにした。

眠るあんたの耳に、そっと顔を寄せる。目を覚まさないように、そっと。

「      」

単語にすればたった3つのこれが、どうしても言えなかった。
照れくさい、なんてのは言い訳で。
言えば、この幸せな夢が終わるような気がしてたから。

体を起こし、今度こそ靴を履いて。

トランクを持って、ドアを開けて。

振り向かなかった。
振り向けなかった。




けれど、部屋から出ることはできなかった。

大佐の大きな手が、オレの腕をがっしり掴んだから。

オレからトランクを奪い取って放り投げた大佐に、苦しいくらいに抱きしめられて。

「     」

オレが言ったのと同じ言葉を、呪文のように繰り返す。

そうして、さらに強く抱きしめて。

きみがいなくなるくらいなら、きみ以外の全てを捨てる。

それは、オレが恐れていた言葉。
あんたならそう言うと思ってた。
本当にそうするに違いないって、思ってた。

だからこっそり行こうと思ってたのに。
そんなん、そんな顔で言われたら、




大佐の肩越しに見た朝日が眩しすぎたから。
オレを抱く腕の力が強すぎて苦しいから。



きっとそのせいだ、と思いながら。

大佐の背中に手を回して抱きついて、目をきつく閉じた。

涙が頬を伝って落ちる。


ごめんね。

もう、どこにも行けない。






END,

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