小話1

□告白なんて、したことないから
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昼休憩も終わり、みんながそれぞれの仕事に戻った時間。准将も中尉によって執務室に連行されていった。
廊下の隅の物陰からそれを確認し、ボクはそっとドアを開けてみる。部屋の中にはデスクに向かって嫌そうな顔をしている准将と、無表情で午後の予定を読み上げている中尉と、デスクの上の紙束にさらに新しい束を追加しようとしているハボック少尉がいた。
「兄さん、やっぱやめようよ。中尉と少尉もいるよ」
振り向いて囁くと、後ろで一緒に覗き込んでいた兄がにやっと笑った。
「好都合じゃねぇか。ギャラリーは多いほうがいい」
「でも、仕事中だし。あとからにしたほうが」
「アホ。夕方の汽車に乗るのに、間に合わなくなっちゃうだろ」
「けどさぁ」
ひそひそ話していたつもりなのに、やはりそこは軍人だからか。少尉が素早く来て、ドアをいきなり開け放った。
「っと、誰かと思えばおまえらか。どうしたんだよ、そんなとこで」
「あ、こ、こんにちは」
愛想笑いでごまかそうとしたボクの努力を無に帰すように、兄が立ち上がる。
「大佐にちょっと用があんだけど」
今は准将なんだから、大佐なんかいないよって追い返してくれればいいのに。無駄に素直で優しい少尉は、笑顔で頷いて兄を手招きしてくれる。
「いらっしゃい二人とも。久しぶりね、元気だった?」
にっこりした中尉がソファを勧めてくれた。どうする、と兄を見ると、兄はそのまますたすたとデスクに近づいていくではないか。
准将は驚いた顔で兄を見つめている。そりゃそうだ。准将のことが嫌いだと昔から公言しまくって憚らなくて、自分からは絶対に准将に近づかなかったし話しかけたりもしなかった兄が、准将をまっすぐ見つめたままデスクの前に立ったのだから。
「あ、えーと。久しぶりだな鋼の。どうしたんだね」
対する准将は、いつも大人の余裕で兄の失礼な言動を受け流してきた。必要以上には踏み込んでは来ず、どうしろこうしろと命令し拘束するわけでもない。基本自由にやらせてくれて、でもなにかあれば飛んできて思い切り叱ってくれる。保護者の鑑のような存在だった。
それをウザがって反抗してばかりだった兄が、今は自分から准将の前へ出てきて、しかも話をしたいとまで言う。
そんな状況に動揺を隠せない准将が、どんな顔をしていいのかわからない様子で兄に声をかけた。兄はそれへ笑顔で応え、
「ちょっと、あんたに言いたいことがあってさ」
そして、すぅっと息を吸い込む。

「オレ、あんたのこと大好きだ」

「…………え」

「人として、とかじゃなくて。もーあんたのことばっか考えちゃってさー、どうしてっかなーとか何食ってんのかなーとかどーせ高いレストランで分厚いステーキとか食いながら美人口説いてんだろーな羨ましくなんかねぇんだからなちくしょーとか」

兄さん、それほんとに告白なの。

准将は固まったまま、とにかくびっくりした様子で兄を見つめている。

「まぁ、そういうことだから。そんじゃ、ばいばい」

満足そうにあっさりと背を向けた兄に、准将が我に返って立ち上がった。
「待て鋼の!それは、私に恋愛感情を持っていると、そういうことか!?」
「え」
兄は振り向いて、一瞬どう言おうかと考えたようだった。
「あー、そうそう。そんな感じ」
考えたわりには、じつに適当な返事。准将の反応は想像していたみたいだけど、これは予想外だったのか。それにしても適当すぎるけど。
「じゃあまぁ、そゆことで。アル、行こうぜ」
「あっ、うん………えーと皆さん、お邪魔しました!すいません!」
慌てて兄のあとを追おうとしたけど、それより准将のほうが早かった。兄の腕を捕まえて、すごく真剣な顔をして、
「待ちなさい鋼の。まだ話は終わってない」
「はぁ?」
苛立った様子で、兄が振り向いた。
「今オレが言ったの聞いたろ?だったらそれで終わりだよ」
「聞いたが、私はまだなにも言ってないぞ」
「誰があんたに何か言えって言ったよ。しつけぇな」
兄さん………告白が台無しだよ。
「普通、ああいうことを言えば相手の返事を待つものなんじゃないのか」
「あぁ?そんなん知るかよ。言いたきゃひとりで壁にでも言ってろ」
兄さんんんん!
「きみ、本当に私のことが好きなのか!?」
「誰が!…あ………、えーと。好き、だよ。うん。だからもうそれでいいじゃんって」
ああもう、ぐだぐだ。



今日はエイプリルフールだ。
だから、昔から大嫌いだった准将に嫌がらせをしてやろう、って、兄さんが言い出したんだ。女好きの准将に、ホモ疑惑の噂を流してやろうって。
自分が告白すれば、きっと噂になって広がるだろう。あとから嘘でしたーって言えば自分はそれですむけど、准将はそうはいかないはず。今日が終わっても噂は尾鰭がついて広まって、うまくすれば女だって近寄らなくなるかもしれない。そしたら准将にとっては大ダメージだ。
「で、遊び歩かなくなれば仕事も真面目にやるようになって、中尉たちも助かるかなって……」
「まぁ、そうだったの。嬉しいわ、アルフォンスくん」
「考えたなぁ、大将。ちょっと可哀想な気もするけど、准将が真面目になってくれるためには仕方ねぇかもな」
兄さんの突拍子もない行動を説明すると、中尉も少尉も笑って頷いてくれた。
「エドワードくん、発想はよかったんだけどね。准将の気持ちを考えてなかったのが、誤算だったかしら」
「はぁ………」

誰が想像するだろう。保護者として、後見人として、完璧な態度でボクたちに接していた准将が。

じつははるか昔、初めて会ったときから、兄さんに片想いをしていたなんて。

「いやそんなん知らねーから!」
「気づかれないように細心の注意をはらっていたんだ。だが、もう遠慮する必要はないんだな。きみも私を好いていてくれてたなんて、まだ信じられない。生きててよかった」
「だから4月バカだって言ってんじゃん!エイプリルフールだよ、そんくらい知ってんだろ!」
「照れなくていい。うん、私も鈍感だったな。今までのきみの態度を、好意の裏返しだとは思わずそのまま受け取っていた。さぞ傷ついただろう、すまなかったね」
「ついてねぇよ!これからもそのまんま受け取っとけよ!抱きつくな!触んな!キスすんなぁ!」
「今まで我慢していたぶん、たくさん甘えていいからね。ああそうだ、今夜食事に行こう。分厚いステーキでもどうだ」
「ステー……………いや、き、汽車の時間が………」
ソファに連れ込まれて准将の膝の上に座らされた兄さんが、肉の誘惑に揺れている。
「シチューの美味い店があるんだ。予約が必要だから今日は無理だな。明日行こうか」
「行っ………いやその!そうじゃなくて、オレ帰らなきゃ」
「泊まるところなら心配いらないよ、二人でうちに来ればいい。そうと決まれば予約を入れておかなくてはな。ああ、肉料理が有名な店なら他にもいくつか知ってるよ。今度連れて行ってあげよう」
「まじで!いやいや、えーと」

無理だよ兄さん。多分准将は最初から、兄さんの言葉は嘘なんだってわかってる。そして、兄さんがこれを最後にもうここに来る気がないことにも気づいてる。
チャンスを黙って見逃がすような准将じゃないってことくらい、ボクだって知ってるんだ。

「わ!ちょ、抱きしめんなってば!……あ、アルぅぅ!」

助けを求めても無駄だよ。中尉も少尉も、兄さんを餌にすれば准将に仕事をさせることができるから、止める気はないし。
ボクも、こんな迷惑な計画を立てた上仕事中に乱入して邪魔をしまくったことにはちょっと怒ってるんだから。

「准将。兄をよろしくお願いします」

頭を下げると、にこやかに頷く准将に抱きしめられている兄が、この世の終わりを見たような顔になった。






「………それにしてもさぁ」

少尉がぽつりと言う。

「大将、告白すげぇヘタだな」

ボクも中尉も、そして准将も、深く深く頷くと、兄さんが真っ赤になった。

「うるせぇな!告白とか、そんなんしたことねぇんだよ!」

つまり誰かと付き合ったことが一度もありません。
そう白状したも同然な兄を、幸せそうな顔の准将が嬉しそうに抱きしめた。



END,

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