小話1

□だって、夏だしA
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うっす!オレ、エンヴィー!
ただいま絶賛仕事中だ!

監視対象となっている太った男を物陰から見つめ、ときどきメモをとる。何時何分、誰と会ってどんな話をしたか。どこに行ってなにを買い、それをどうしたか。くだらないと思うことまで委細漏らさず報告しないと、気難しい年頃の親父殿に怒られてしまう。
しかしテロリストと繋がりがありそうな資産家のデブを監視しろだなんて、なんだかんだ言っても親父殿はアメストリス想いだ。『わしの預り知らぬところで勝手に騒ぎを起こされては困る』というのがいつもの言い訳だが、あれは絶対ツンデレだ。じつはブラッドレイと二人で、結構国のことを考えて守っている。
ま、オレには関係ない。どんなことでも、仕事とあらばこなすだけだ。
「17時48分、帰宅……と」
なかなか尻尾を出さないデブも、今日はいい仕事をしてくれた。テロ組織の親玉と武器売買の相談とか、やるじゃんデブのくせに。これでやっとオレも司令部に帰れそうだ。

メモを閉じ、デブを見張るために隣んちの屋根に移動する。そこから見下ろす窓の向こうでは、デブが飯を食おうとしていた。

ああ、オレも腹が減ったな。

そう思ったとき、ふと視線に気づいた。

振り向いてみても、誰もいない。当たり前だ、ここは屋根の上で、まわりは似たような屋根がどこまでも連なっているだけ。丘の上にあるここより高い建物なんて周囲にはない。

夕暮れにはまだ早い時間、空は青くて雲が浮かんでいる。傾きかけた太陽が、オレの影を連なる屋根に長く伸ばしていた。

前を向き、監視対象に意識を戻す。
気のせいだろうと思うことにして、デブの前に並んだ料理を眺めた。
豪華なメニューをぱくぱく食っていくデブ。それに比べ、オレの手持ちの飯は餡パンと牛乳だ。張り込みの定番メニューよ、とか言ってラストが持ってきたものだが、どこの国の定番なんだろう。食べやすいって言えばそうなんだけど、三食すべて餡パンと牛乳なのはどうかと思う。クリームパンとかジャムパンとか、色々あるじゃんか。なんで餡パンに固執するんだよ。

心の中で文句を言いつつも、空腹には勝てないので脇に置いていた袋に手を伸ばす。じきにスーパーのレジ袋が指に触れ、その中を探って取り出してみると。

餡パンと、……コーラ?

あれ?いやいや、受け取ったとき見たけど確かに牛乳だったぞ。なんでコーラ。いつ変身したんだ。

監視も忘れて袋をつかみ、中を覗きこんだ。あとはいくつかパンが入っているだけだ。こし餡パン、うぐいす餡パン、白餡パン。どんだけ餡パン好きなの。いくら定番だからって、これはないんじゃないの。
いや問題は餡パンじゃない。牛乳どこ行った。確かにあったはず。

別にコーラが嫌いなわけじゃないし、毎日毎食牛乳だったんだから違う飲み物は大歓迎だ。
ただ、気になる。
どこでいつ、牛乳がコーラに化けたんだろう。

首を傾げながらも、コーラを開けてパンをかじった。
うん、旨い。コーラと共に食うとまた違う味になる。

うんうんと頷きつつぱくぱく食べていると、背後でぱしんと音がした。
なにかを叩きつけるような、派手な音。
急いで振り向くが、変化はない。屋根の海と、色を変え始めた空があるだけ。

屋根の端まで移動して、下を見下ろしてみた。
遠く、石畳の路地になにかが落ちている。

デブが飯に夢中なのを確認してから、そこへ飛び降りた。

潰れた紙パックと、そのまわりに広がる白い液体。

………牛乳、だよなコレ。
しかもこのパック、見覚えがある。ラストが持ってきたとき、確か袋にはこのパックが入っていた。

きょろきょろしたけど、相変わらず人の気配はない。
オレはもう一度白い水溜まりを見てから屋根の上に戻った。

けれど、どうにも食事にも監視にも身が入らない。
執拗な視線。叩き潰された牛乳。気にしすぎというだけでは済まされない、なにか悪意のようなものを感じる。

誰か、オレの他にここにいるんだろうか。
気配を消し、どこかに身を潜めて、オレを見つめているんだろうか。
もう一度まわりを見るけど、隠れることができそうな場所なんてどこにもない。平坦な屋根はうねりながらどこまでも続いていて、そこにオレ以外の影はない。

なんか、ちょっと。

これって、ホラーっぽくない?
ほら、主人公がなにか怖いものに襲われたりする、その前のシーン。なんだかそれに似てる気が。

いや、ダメダメ。そんなん考えちゃダメだって。
怖いと思い始めたら、どんなものでも怖くなっちゃうもんなんだから。

監視対象は飯を終え、風呂場へ移動したようだ。
今日はもう動かないだろう。メイドさんがテーブルを片付けながら、デブに出すワインを誰かと相談してる。酒を飲むんなら、もうあとは寝るだけだ。

うん、もう今日は終わり。

いったん帰ることにして、立ち上がった。足の下でセメントの屋根材ががしゃりと音をたてる。
自分がたてたそれにびくりとして、それから誰にともなく苦笑してみせて、パンの入った袋を手に持つ。

よし、と背のびをしたとき、どっかでがしゃっと音がした。

それは、オレが屋根材を踏みしめたときの音に酷似していた。

けど、今、ここにはオレしかいないのに。

オレの後ろのほうから、小さな小さな音がする。

がしゃり、がしゃり。

それは少しずつ、近づいてくるようで。

振り向くのが怖い。

嫌な汗が額から頬をつたい、顎からぽたりと落ちる。

がしゃ。

立ち止まる気配は、オレのすぐ後ろ。

頭のどこかから、逃げろと声がする。

早く、早く。

けれど、振り向きたくなる衝動には勝てなくて。

ゆっくりと振り向くと、濃くなった夕闇にぼんやりと浮かぶ黒い影がふたつ。

「うわぁぁぁぁ!!」

叫ぶなり走り出そうと足を出したが、なにかにひっかかってそのまま転ぶ。慌てて足元を見ると、屋根材が形を変えてオレの足首を掴んでいた。

「なんで逃げんだよぉぉぉ」

地獄の底から響くような声。
その隣の影は、くすくすと笑っている。

「な、な、な……」

焦りすぎてうまく喋れない。目を見開いて、そこにいるはずのないふたつの影を凝視するしかできなかった。

「な、……なんでいるんだよ、おまえら………」

「怖かった?」
「ぎゃはははは!ビビってやんの!バッカじゃね?」
ふたつの影、エルリック兄弟は、オレを見下ろしてまだ笑っている。ちび兄なんかこっちを指差し腹を抱えて爆笑だ。

「いやマジで!なんでいるんだよおまえら!」
ようやく立ち上がったオレが怒鳴ると、アルが笑いながら片手で謝る仕草をした。
「久しぶりに遊ぼうと思ったら仕事中だっていうから、場所聞いて様子見に来たんだ。邪魔してごめんねー」
悪びれる様子のないアルに、体から力が抜けていく。
「牛乳捨てたの、てめぇらか」
この問いに、ちび兄が顔をあげた。
「あんなもんよりコーラのほうが旨いだろ?オレは親切だからな、代わりに捨てといてやったんだ」
「もー、兄さん地面に叩きつけるんだもん。渡してくれればボクが飲んだのに」

………………。

なんとなく、こいつらが来た理由がわかった気がする。

けど、一応聞いておこう。

「……で。なにしに来たの、おまえら」

兄弟は顔を見合せて、爽やかに笑った。

「だってー、夏だし?」

「夏といえば怪談で、怪談といえばエンヴィーだもんな!」

…………やっぱりか。

「帰る」
「いやいや待て待て!これからオレ様がおまえのために各地で仕入れた怪談話を」
オレのためかよ。ありがたすぎて泣きそうだ。
「ボクもたくさん聞いたんだよ。エンヴィーに聞いてもらおうと思ってメモしてきたんだ」
メモんな、そんなもん。

誰もいない屋根の上。

どこからも助けが来ないまま、オレは兄弟に両手を掴まれて延々怪談を聞かされるはめになったのだった。



ちくしょー。
夏なんて、大っ嫌いだ。





END,

いまいち?
もう少し長くしようかと思ったけど、こんなネタ引っ張ってもねぇ。

つかオチしまんねー。

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