リクエストとか

□このまま、ずっと
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「じゃあ、今度の休みに。ああ、待ってるよ」

電話を切って、ロイは上機嫌で仕事に戻った。
相手は友人だ。本物の妻をもらえと進言してくれたその友人に、本物の妻になったエドワードを見せびらかすために家に呼ぶ。その約束を今したところだ。
「ずいぶん機嫌がよろしいんですね」
微笑んだ副官が山ほどの書類を抱えてきた。ロイが上機嫌なうちに処理を済ませてしまおうという魂胆だろう。
だが、そんなものに怯むほど愛の力は弱くない。
「ホームパーティーをしようと思ってね。どうだ、きみも来ないか」
「あら珍しい。よろしいんですか?」
無表情を崩して副官が驚く。ホームパーティーなんて生まれてこのかたしたことのないロイからの誘い。ホークアイはちらりとカレンダーを眺めて首を傾げた。
「勤務がどうなっているか確認しないと。他に誰か呼ぶんですか?」
「ヒューズが来るよ。他にはまだ誰にも言ってないが、都合が合う奴なら誰が来ても構わない。声をかけておいてくれ」
「了解しました。エドワードくんに手伝いが要るかどうか聞かなくちゃ」
にっこり笑う副官に、ロイもにっこり笑い返す。
「まだ帰ってきてないんだ。そろそろだと思うが」
「帰って来たら顔を出すかしら。怪我はしてないでしょうね」
彼が足を折って帰って来れなかったことはまだ記憶に新しい。ロイは少しだけ不安になりながらも首を振った。
「楽な調査だけだと言ってたから、大丈夫だろう」
早く帰ってくればいい。ロイは窓の外を見た。
心を占めるのは、あの金色だけ。





二日後、待ち望んだ妻が帰ってきた。
執務室のドアをちょっぴり開けて覗く金髪に、ロイが飛び上がるように立ち上がる。
「鋼の!おかえり!」
「………ただいま」
そっと入ってきてそっと傍に来るエドワードに、ロイは怪訝な顔をした。いつもなら駆け込んできて、機関銃のようにしゃべるのに。
無言のままのエドワードに、ロイは手を伸ばした。
「どうした?具合でも悪いのか」
「別に」
首を振るエドワードは、引き寄せられるままに素直に腕の中に収まる。
「疲れた、かな」
ぽつりと言うエドワードに不審な思いを感じながら、ロイは優しく抱きしめた。少しの間離れていただけなのに、この小さな体が恋しくてたまらなかったことを実感する。
「愛してるよ、鋼の」
「……………うん」
自分も、と返してくれないのはいつものこと。ロイは気にすることなく言葉を続けた。
「疲れているなら、休んでいなさい。食事をして帰ろう」
「うん」
頷くエドワードの頬にキスをして、ロイはようやく腕の拘束を解いた。
「仮眠室を使うか?」
「んー…いい。邪魔でなければソファで」
もちろん邪魔なはずがない。ロイは妻を抱き上げてソファに下ろし、自分のコートをかけてやった。
「私は今日は特に予定はない。ここにずっといるから、なにかあったら言いなさい」
「うん。ありがと」
はにかむようにやっと微笑んだエドワードに、ロイも笑顔を返した。




疲れているのだ、と言った。

けれど、エドワードは帰ってから数日経っても、元気のない顔でぼんやりとなにかを考えこんでいた。

「鋼の、行った先でなにかあったのか?」
「なんもねぇよ」
「でも、様子が変だぞ。熱でもあるのか?」
「………ない」

なにも言ってくれないエドワードに、不安が募るばかりだ。











エドワードは司令部の中庭に座りこんで、ぼんやりと空を眺めていた。
青い空は軍服を思い出す。
エドワードにとってのその色は、今はロイの色になっていた。

「………はぁ」

ため息をついて俯く。仕事で出ていた間ずっと会いたかったロイなのに、会うと苦しい。目を見るのが辛い。

「………なんで、こんなに気になるんだろ」

胸に疼く感情がなんなのか、エドワードにはわからない。
わからないから苛々する。あんな言葉ひとつで、どうしてこんなふうになるのか。

「あんなん、なんでもない。忘れなきゃ」

呟いてみても忘れられない。前はまったく気にならなかったのに、どうして今になって。

エドワードは指に輝く指輪を見た。結婚式でこれをロイにはめられたときには、なんとも思わなかった。どうせすぐに別れるんだから、と気軽に考えていた。
なのに今は、水仕事のたびに外す。傷がつかないように気をつけたり、時々見つめてしまったりする。これはどういう感情なんだろう。

あのときから、自分の中でなにかが変わった。

あの日。
仕事で北へ向かう前日、ロイに寝室に連れていかれたとき。

霞んで薄れた意識の中で、好きだと言われたとき。

なにかが変わった。
これでもう、自分たちは本当に夫婦なのだと思った。
ロイを夫として意識した。北にいる間中、ロイのことが頭から離れなかった。おかげでうっかり怪我をして入院して、そのせいで考える時間が増えてしまい、ベッドに寝たまま空を眺めてロイばかりを想っていた。

迎えに来てくれたときは、夢かと思った。
嬉しくて恥ずかしくて。

「そんなだから、余計気にしちゃうんだよな……」

バカじゃないかと思う。
でも、忘れられない。

仕事で会ったあの人のひとことで、こんなにも気持ちが沈んでしまうなんて。

「……………なんなんだ、これ」

明晰すぎる頭脳は、今までなんでも理解してくれた。
なのに今回はダメだ。なんの役にも立たない。

大総統の用事は済んだし、もう帰るか。エドワードは立ち上がった。夕食の支度がある。ロイはきっと急いで帰ってくるだろうし、早めに用意しなくては。

歩き出そうとしたエドワードの肩を、後ろからぽんと叩かれた。

振り向くと、何度か顔を見たことのある軍人が立っていた。

「えーと………ヒューズ中佐?」

記憶を探って尋ねるように言うと、オールバックとメガネの男はにこにこして頷いた。



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