リクエストとか

□愛に飢える彼のセリフ・5題
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1.求めるのはいけないこと?










『明日そっち行く』

いつものごとく、じつにあっさりとした連絡の翌日に、鋼のは私の執務室にやってきた。
「うす」
短すぎる挨拶のあと薄い報告書をぽいと投げて寄越す彼の目の下には隈。
「ちゃんと寝ているのか?」
「うるせ」
これまた短い返事。それから鋼のはさっさとソファへ行き、どさりと座り込んだ。

はぁ、と息をつく鋼のに、副官がお茶を勧める。彼女には懐いている彼は断らない。副官はにっこり笑い、ついでに大佐のも淹れてきますねと言って退室していった。私はついでか。

報告書に目を通す短い間に、ソファの背凭れから見える金髪がゆらゆらと揺れ始める。空調の整った静かな室内と柔らかい座り心地に耐えられなくなったらしい。
報告書を置いてその金色を眺めていたら、振り子のように揺れていた頭がふいに見えなくなった。次いでぱたりと倒れる音。
席を立ってそちらに回ると、鋼のはソファに横になってすやすやと眠っていた。いつもシワが寄せられている眉間になにもないだけで、こんなにも幼く見えることに驚く。
当然かもしれない。この子はまだ15なのだから。

国家資格を取って旅を始めてから、鋼のは時々ここを訪れるようになった。私が後見をしているのだし、軍における立場は私の部下だからだ。
司令部に他に子供は出入りしないし、この子は容姿も服装も行動もとにかく派手で目立つ。すぐに軍人たちの人気者になったこの子は、いつ来ても歓迎を受け、どこの部署に行っても人々に囲まれて笑ったりしゃべったり食べたりと忙しい。

明るくて元気がよくて、可愛くて。

なのに、今はそれがない。
いつもなにか思い詰めた表情で、眉を寄せて目をきつくして。

焦っているのだろうと思う。
探し始めてもう3年経つのに、赤い石の手がかりは欠片も見つからないのだから。

最近は、来ても疲れきっていることが多くなった。
隈をつくった顔で、言葉も少ない。ため息ばかりつく。

私は鋼のの頬を指で触れた。前に見たときより細くなった顎のライン。これ以上痩せたら汽車の椅子ではなく病院の診察室の椅子に座らせなくてはならなくなる。

「あら。寝てしまったんですね」
中尉がトレイを持って入ってきて苦笑した。
「疲れてるんだろう」
「でしょうね。大佐、コーヒーここに置きます」
私のカップをデスクに置いた中尉は、ソファの前に回ってテーブルにもうひとつカップを置いた。鋼の専用のココアの香りがする。
「アルフォンスは?」
「あっちで皆とおしゃべりしてます」
中身のない鎧姿の鋼のの弟は、礼儀正しくて優しい物腰と疲れを知らない働きぶりで、これまた司令部中の人気者だ。兄に負けず劣らず引っ張りだこで、この兄弟は司令部に来るとたいてい別行動になっていた。

この兄は、弟をいつもとても心配している。2メートルを越す巨大な鎧に怯えたり驚いたりする者たちから弟を庇おうと、そして弟がそのことで傷つくことのないようにと、必死で守ろうとしている。

この司令部では皆が弟をよく知っていて、鎧だろうが大きかろうが気にする者はもういない。だからだろう、ここに来て弟と離れると、鋼のは糸が切れたように眠ってしまう。早く元の姿に戻してやらなくては、と焦る気持ちが、少しだけ緩むのかもしれない。常に側で聞こえる鎧の軋む音が聞こえなくなることも原因のひとつだろう。

重すぎる罪の意識を抱え、鋼のからは子供らしさがいつのまにか消えてしまった。
そんな世界に引っ張り込んだ私に、してやれることは少ない。せめてここにいる間くらいはと思うのに、甘えることを嫌う鋼のはますます頑なになるばかりだ。

「………では、私は仕事に戻ります」
眠る鋼のを気遣って、中尉は囁くような声で言って退室した。

二人きりになって、私はソファに座った。聞こえるのは外からのわずかな音と、鋼のの小さな寝息だけ。
思いついて立ち上がり、コートを取ってきて鋼のの体にかけてやった。それからまた座る。座面が揺れても起きる気配はなく、深く寝入っているらしい様子に苦笑する。

「………もっと、甘えてくれていいのに」

呟いて、金色の髪を撫でた。

「もっと信じてほしいし、頼ってほしい。私にできることなら、どんなことでもするのに」

甘えてくれ、ときみに求めるのは、いけないことかい?




そう呟くと、金色がもぞりと身動きした。

ぼんやりとした金の瞳が、ゆっくりと私を捉える。
だが、寝起きで掠れた声で紡がれた言葉はずいぶんとはっきりしていた。

「……甘えたらもう、そこから抜け出せなくなる」

「……………」

「優しさはいらない。オレは強くならなきゃいけないんだ。でなきゃアルを元に戻せない」

「……鋼の、」

「冬の朝の毛布と同じだよ、大佐」

鋼のはちょっと笑った。

「いったんくるまったら、出るに出られなくなる。そしたら、色々困るだろ?仕事に遅刻したりとかさ、飯食う暇もなくなったりとか」

そうなりたくないから、毛布はいらないんだ。最初からなければ、躊躇いもないから。

座り直してカップに手を伸ばす鋼のの鈍く光る右手を眺めて、私は小さくため息をついた。

「毛布がなければ、風邪をひくよ。そしたら余計に動けなくなるじゃないか」

「ひかないように、強くなるんだよ」

そう言ってココアを飲む鋼のに、私はもうなにも言えなかった。




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