リクエストとか

□猫と暮らそう
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疲れたため息をつきながら家路を辿るロイに、道の両脇の家々からの夕食の香りや賑やかな笑い声が追い討ちをかけた。

国軍勤務の若手エリート。大佐の地位を持つ国家錬金術師。もうすぐ30歳。顔もいいし金もある。同じ地位の者に比べれば発言力もあるしそれなりに認められてもいる。出世コース爆走中のもうすぐ30歳。モテてモテて正直困るほどだが、いまだ本命はいない。たくさんの美女と遊びの恋愛を繰り返し、そろそろそれにも飽きてきた。周囲の同期は皆結婚し、子供がいる者も少なくない。おまえも早く結婚しろよなんて言われるのを笑顔で誤魔化し、結婚なんて人生の墓場だなんて嘯いてみせるが、実は独りきりで暮らす家に帰るのが寂しくなってしまっていることを必死に隠して強がっている、もうすぐ30歳。

暗い夜道を歩きながら、明かりが漏れている窓を見上げた。
結婚はまぁどっちでもいい。でも、誰か家で待っていてくれる存在はほしいかもしれない。
美味しそうな香りに空腹を思い出したが、買い物するのは面倒だった。
冷蔵庫になにかあったかもしれないし、探せば缶詰めくらいどこかに転がっているかも。数日経過して固くなったパンも、トースターで焼けば食えるだろう。
周囲に漂う香りと自分の夕食の内容を比較してしまい、またため息が漏れた。

自宅に向かって角を曲がる。そこから少し先に小さな公園があった。
こんな時間にそんなところに人がいるはずもなく、街灯が照らすベンチや遊具には人影はない。なにげなくそれを眺め、それからまた前を向いて。
それから、ロイは立ち止まった。

ベンチの向こうの植え込みの影に、ちらりとなにかが見えたからだ。
街灯に照らされたそれは、金髪のように思えた。

職業病だ、と自嘲しながらロイは公園に駆け込んだ。閑静な住宅街であるこの周辺では事件など滅多に起こらないが、皆無ではない。強盗か強姦か、とにかくなにか被害にあった人がそこに倒れているのなら助けなくては。

植え込みに駆け寄り、その向こうを覗き込んだ。

そこにいたのは、金色の猫だった。

「………………えーと」

言葉をなくしてそれを見つめた。
猫だとわかるのは大きな耳と長い尻尾があるからだ。
それ以外はまるきり人間の少年と同じ姿のその猫は、ロイを見て怯えた顔をした。

これは、あれか。
話には聞いたことがある、人間の形をした猫。
合法的に開発されたその猫は、癒しのためのペットとして主に年寄りの金持ち連中たちから珍重されているという。
数が少ないため市場に出回ることはなく、ロイも実際に目にするのは初めてだった。

「………きみは……えーと、迷子か?」

相手が人間の姿をしているため、つい問いかけてしまう。だが猫は眉を寄せ、こちらを見つめるだけだ。
「どこから来た?とりあえず、こっちへ…」
手を伸ばすと威嚇され、すかさず引っかかれた。どうやらやはり言葉は通じないらしい。

ほっとこうか、と血の滲む手を見ながら考えたが、見た目は人間そっくりなのだ。置いて行くのは気が引ける。

仕方ない。ロイは猫の傍に行き、軽い体を抱き上げた。驚いて暴れる猫をコートに包み、そのまま歩き出す。
「明日、警察のほうへ問い合わせしてみるから。今日はうちに泊まりなさい」
言ってもわからないことは知っていても、一応言い聞かせてみる。猫は揺れる腕の中が怖いのか、身を固くして縮こまって大人しくなった。

連れて帰ってリビングで床に下ろすと、猫は周囲を窺いながら部屋の隅に移動した。しなやかで素早い動きにやはり猫だなと感心して、ロイはキッチンに入った。
あちこち探し、なんとか缶詰めを数個見つけてパンを焼く。酒を出しグラスを出したところで振り向くと、猫がこちらをじっと見つめていた。
「腹が減ってるのか?こんなものでよければ…」
言いながら缶詰めを開ける。猫は用心しながらもゆっくりと近寄ってきて、缶詰めの匂いを嗅いだ。
どうやらロイを危険ではないと判断したらしい。皿に移してやった缶詰めの中身を見つめ、舐めてみて、それから食べ始めた。
「……フォークかスプーンくらい、使えないのか?」
人間と同じ姿をした生き物が皿に顔を突っ込んで食事をするのを見ているのはどうにも気分がよくない。食料事情の悪い国に住む貧しい子供のようだし、自分がひどく意地悪をしているような気になってしまう。
スプーンを差し出すと、猫はそれを見つめてからぺろりと舐めた。
「違う、これは食事をするときの道具だ。ほら、こうやって持って」
好奇心旺盛らしい猫はスプーンに気を取られていて、ロイに手を触られても気にならないようだった。それをいいことにスプーンを握らせ、皿の中身を掬って口に持っていってやる。何度か繰り返すと、猫は理解したらしくロイの手が離れてもそのままスプーンを使い続けた。
「猫といっても、普通に手があるんだしな。教えれば使えるようになるよな」
ロイは満足して頷いて、焼けたパンをひとつ猫の前に差し出してやった。それをスプーンで取ろうとする猫に笑って、手に握らせてやる。これはこうするんだよ、とちぎって口に入れてやると、猫は頷いてスプーンを置きパンをちぎって食べ始めた。
「頭がいいな、きみは」
ロイが呟くと、猫は顔をあげてロイを見た。

「……エドワード」

一瞬誰が言ったのかわからなくて、ロイは思わず部屋の中を見回した。だが、ここには自分とこの猫しかいない。
まさか、と猫を見つめると、猫はもう一度口を開いた。

「エドワード、です。よろしく」

たどたどしい発音。
多分、そう言うようにしつけられているのだろう。
しかし、しゃべれるとは思わなかった。ロイが目を丸くしている間に、自己紹介を終えた猫はまた食事を再開した。




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