リクエストとか

□こっちを向いて、でも向かないで
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「大佐ー、なんかねぇの?」
「食い物なら持ってない。腹が減ったなら食堂に行け」
「違う!石だよ石!なんか情報ねぇの?」
「そんな簡単に入るなら伝説とは言わんな」

不遜な態度でソファにふんぞり返っていた鋼のは、立ち上がりながら聞こえよがしに舌打ちをした。
「役に立たねぇの」
そんな言葉まで聞こえてきて、私の苛々が頂点に達した。
「きみね、もうちょっと……」
上官に対する態度というものを、と続くはずの言葉は途中で途切れた。開けっぱなしのドアの向こうで、鋼のが誰かと挨拶を交わすのが聞こえる。
「………中尉、ドアを閉めてくれ」
副官が無言でドアに向かう。

まったく生意気な。それしか言いようがない。子供だからと甘やかされる時期はとうに過ぎているはずなのに、平均よりもかなり小柄な彼はいまだ子供として周囲に甘やかされ続けている。
その結果がアレだ。敬語を知らず、敬意を払うことも知らない。ひとの話を聞かず、開けたドアを閉めることすらできない。いくら躾をするべき親が早くに亡くなったからといって、アレはないだろうアレは。

今度は外から鋼のの声がする。声変わりしたのかどうか怪しい高い声が耳に突き刺さるようだ。
なにをやっているんだと窓を覗くと、数人の軍人たちを相手に組手をしているようだった。明るい日差しが彼を照らし、鋼の手足を鈍く輝かせている。が、一番目を射るのは金髪だ。男のくせにやけにきらきらしい髪をしている鋼のは、太陽の下では無駄に輝いている。飛び回って相手を翻弄し、一本取っては歓声をあげる姿は子供と言うしかない。
「………ガキだな、まったく」
呟きを聞いた副官が窓を見て、柔らかく微笑んだ。
「あれではあとでお腹が空きますね。なにか用意してあげなくちゃ」
そう、それも気にいらない。副官に限らず、部下たち皆が彼に甘い。そこまでしなくていいという上官の言葉を無視して、副官はいそいそと部屋を出て行った。私はいくら疲れた顔をしていてもなにか差し入れてもらった覚えはないのに、なぜに彼にはそんなに嬉しげに世話を焼いてやるんだ。

きゃーきゃーと聞こえてくる声を遮断すべく窓を閉め、私は仕事に戻った。あのクソガキのおかげで、今夜は残業になりそうだ。








すっかり暗くなり、私は顔をあげた。時計はすでに夜の9時を回っている。
残った書類の山を見てため息をつき、立ち上がった。副官が出勤してくる朝までに片付けなくては。最近買った新しい銃を試し撃ちしたいと独り言を呟いていた彼女を思い出す。目が真剣だった。どうやら射撃場で撃つ気はないらしい。

肩を回し、またため息をつき、それから部屋を出た。眠気覚ましに一番いいのは熱いシャワーだ。
すでに夜勤以外の者は帰ったあとで、シャワー室には誰もいないようだった。素足で冷たいタイルの床を歩き、一番奥へと向かう。そこが私の定位置だった。
だが、そこまで行って私の足が止まった。水音のしないシャワーブースで、誰かがわしゃわしゃと髪を洗っていた。
扉は申し訳程度についているだけで、胸の高さしかない。こんな時間に誰だと覗くのに、背伸びする必要もなかった。

そこに、長い金髪を乱暴に洗う後ろ姿が見えた。一瞬入る部屋を間違えたかと焦る。男の軍人に髪を伸ばしている者はいないからだ。軍規で定められた通り、襟足までで切らなくてはならない。
慌てて周囲を見回すが、女性用のシャワー室には残念ながら入ったことはないので違いがわからなかった。
どうしよう、と焦る私の存在を知らない金髪は、洗い終えたらしくシャワーの栓を捻った。水音が部屋に響き、泡がその体を伝って落ちていく。

そのときようやく、機械鎧に気がついた。右手と左足。細く華奢な体に、それはずいぶんとゴツく重そうに見える。
鋼のだったのか。
私はほっとした。変質者として晒し者にならずに済んでよかった。
ほっとしたついでに、声をかける気になった。どうせ組手で汗をかいたまま書庫にでもこもって弟に叱られたんだろう。この兄弟は兄と弟が完全に逆転していて、この小さな兄は大きな弟にまったく頭があがらないのだ。
それをからかおうと、私はブースの扉を軽く叩いた。

「鋼の、」

「ん?」

彼が振り向いた。
シャワーで濡れた金髪をかきあげて、金の瞳でこちらを見る。電灯の明かりで、どちらの金色も輝いて見えた。

「なんだ、大佐。なにやってんだよ」

いつもの生意気な口調でそう言って、彼は全身でこちらを向いた。初めて見る、肩と太ももの傷痕。機械鎧との繋ぎ目にあるそれらの痕が白い肌に目立った。
「……なに見て、」
怪訝な顔の鋼のは、すぐに視線の先を理解したらしい。肩を竦めて苦笑して、あんまり見ないほうがいいんじゃねぇのと言った。
「気持ち悪いだろ?」
「……………いや、」

むしろ逆。

とは言えなくて、でも目は逸らせなくて。

しなやかな筋肉がついた体は小さくてもバランスがとれていて、日に焼けることのない肌はとにかく白い。そこに散る大小さまざまな傷痕は、まるで情交の跡のようで。

さっきとは違う意味で私は狼狽えた。

どうしよう。
彼に、欲情する。





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