リクエストとか
□待ってる
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ハボックは人気者だ。
彼がいると場が明るくなる。表裏なくて誰とでも親しくなれて、聞き上手だしよく笑う。
職場でも、休憩などのときはいつも数人に囲まれている。男ばかりなのが悩みだそうだが、それはまぁ、鏡を見れば仕方ないことだと諦めざるを得ないだろう。モテないからこそ同性に好かれるのは男性も女性も同じことだ。
人は嫉妬する生き物だからな。
私もハボックは好きだ。同僚として友人として、彼は親友の抜けた穴をしっかり埋めてくれている。頼れる部下でもあるハボックは、今の私にはなくてはならない存在だろうと思う。
そんなふうに認めているハボックだが、ひとつだけ。
最近、鋼のが彼にやたらに懐いている。
それが気に入らない。
「少尉、今日いつ終わんの?」
たまに姿を見せたと思ったら、私を素通りして鋼のはハボックの傍に小走りに近寄った。
「心配すんな、定時には終わるよ」
ハボックは鋼のの頭をぐりぐり撫でながら笑った。
私がやると縮むからと怒るくせに、鋼のは彼が相手だとにこにこしている。なぜなんだ。
「約束だからな!外で待ってるから早く出てこいよ」
なにか二人で約束していたらしい。ハボックはわかってると頷いて自分の書類に目を落とした。
定時まであと15分くらいか。もっと時間がかかる仕事を与えればよかった。
人は嫉妬する生き物である。
私はハボックに思い切り嫉妬していた。
残業させるうまい手が見つからないまま、ハボックは仕事を終えて出て行った。
着替えてから外にいる鋼のと合流するのだろう。更衣室のほうへ歩いて行く。
私はため息をついた。
私は鋼のが好きだ。
広い意味でではなく、深い意味で。
好意ではなく恋心だ。まだそんな感情があるとは自分でも驚いたが、初めて見たときから金の瞳が私を捕らえて離さない。気づいたら手遅れ。私は鋼のに夢中になっていた。
そういうわけで、鋼のがハボックに懐いている現状は私にはかなり辛かった。
見ているとわかるが、ハボックのほうはまったくいつもと変わらない。他の連中と話したり笑ったり、それと同じように鋼のに接する。
たぶん、ハボックにとっては鋼のは他の大勢と同じなんだろう。自分を取り巻く仲間のうちの一人。
滅多に人に懐かない、年季の入った野良猫のような鋼のはハボックとは反対で、誰にでも噛み付くし気に入らないことがあればどこででも錬金術を使う。ただでさえ最年少で資格保持者という事実が鋼のが敬遠される理由になっているというのに、性格までそれではいくらキレイな姿をしていても孤立してしまうのはどうしようもない。
だからこそ、ハボックのような奴にひかれるのかもしれないな、と私は勝手に納得している。
誰しも自分にないものを持つ人物にひかれてしまうものだ。鋼のは根は素直だから余計そうなるんだろう。
廊下で話し声が響く。
ハボックだ。誰かに声をかけられて立ち話をしているらしい。
私は苛々とそれを聞いた。
なにをやっているんだ馬鹿。鋼のを外に何分待たせていると思ってるんだ。そんな奴と話す暇があるなら、さっさと行って鋼のと話せ。
嫉妬しながら応援するのはおかしな話だ。
だが私も自分のことは知っている。鋼のがハボックに見ている明るさも優しさも私にはない。そんな自分に鋼のが振り向くと思うほど自惚れてはいないのだ。
容姿だけならなんとかなるが、内面となると。
女性は騙されてくれたが、同性の目は厳しい。
つまり諦めの境地だということだ。情けないが仕方ない。
そんなことを考えている間も廊下ではハボックのバカ笑いが響き渡っている。
ついに私は立ち上がった。文字どおり尻に火をつけてやるつもりで、勢いよく廊下へのドアを開く。
数人の下士官が驚いてこちらを見ていた。
肝心のハボックは、友人らしい連中にひらひら手を振って出口に歩いていくところ。
ったくあのバカ。明日は増水河川の復旧作業に行かせてやる。
私はハボックを見送って、こめかみを押さえた。
今日は仕事になりそうもない。少し休憩したほうがいいかも。
「中尉、少し休んで来るからあとは頼む」
ホークアイ中尉はちらりとこちらを見てはいと短く返事をかえしたが、そのまま書類に戻った。忙しそうだ。
コーヒーでも飲んですぐ戻るか、と開けたままのドアから廊下に出て、窓の外を見ながら休憩室に向かった。
行き来する人々の中に、あの金色の髪と赤いコートは見えなかった。ハボックもいないようだ。
ちゃんと会えたのか。
なんとなく安心した。
鋼のが笑顔でいられるなら、それにこしたことはない。
しかし、その笑顔を想像しようとして失敗したのは少し凹んだ。鋼のは私には、笑顔なぞ滅多に見せてくれないのだ。普段厳しいことばかり言っているから当然ではあるが、それでも落ち込む。
私はがっくりと肩を落として、休憩室のドアを開けた。
そして固まった。
勤務交替の時間帯でざわつく休憩室の、窓際の隅の席。
鋼のが一人でぼんやり窓の外を眺めながら座っていた。
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