リクエストとか

□待ってて
1ページ/5ページ





私は、生まれて初めてと言っていい恋をしている。
いい年をしてと思わないでもないが、こういうものは年齢ではないので黙殺しておく。

相手は部下だ。
正確には、私が後見している軍属の錬金術師。
まだ15か。もう16になったんだったか。金色の髪と金色の瞳を持つ、可愛い男の子だ。
年齢差、性別、その他。
たくさんの事情から、私は黙っている。誰にも、本人にすらなにも言っていない。ひそかに見守り、ただ幸せを願うだけ。らしくない弱気な恋だが、それでも私は満足していた。
自己満足だと笑う奴は笑えばいい。私は彼が笑顔でいられるならそれでいいんだ。厳しく、ときに優しく、頼れる上司として彼を守っていければそれでいい。




とか思っていたのに。

転がり込んできたチャンスに、思わず飛びついてしまった。彼が寂しそうな顔をしていたときに、つけこんでしまった。
卑怯じゃないかと考える自分に、今を逃すのはバカだともう一人の自分が言う。葛藤した挙げ句、好きな相手が悲しんでいるのを見過ごすことはできないだろうと苦しい言い訳を脳内で何度も繰り返し。

「美味しいか?」
「うん」

只今現在、彼を食事に連れ出しているわけだった。

顔がきくレストランがあってよかった。こんなときは自分の地位に感謝する。東方司令部においてNo.2の権力を持つ国軍大佐。もうすぐ30歳。そんな自分が無理を言って閉店時間を延ばさせてまで連れてきた相手がまだ子供ということでレストランの従業員たちは驚いた顔をしていたが、構う余裕はない。目の前で嬉しそうに肉を頬張る彼を見つめるのに忙しいんだ、私は。

「大佐、食べねぇの?」
胸がいっぱいで。と言えたら楽なのに。
「きみの食べっぷりを見ているだけで腹いっぱいになりそうだよ」
なるべく優しく笑いかけて言うと、鋼のは目を逸らして少しだけ頬を染めた。
「だって、腹減ってたんだもん」
ああ、可愛い。床に倒れて悶絶しそうなくらい可愛い。
「遅くなったからね、すまなかった」
「え。いや、そうじゃなくて」
私の謝罪に、鋼のは慌てたように手をぶんぶん振った。どこかで見た仕草だと思ったら、アルフォンスが時々やる仕草だった。兄弟というのはやはり似るものなんだなと思うと同時に、そういうところを発見できたことに嬉しくなる。今まで上司としてしか接したことがなく、こんなふうに向かい合って二人でいるなんて初めてなのだ。
「大佐、忙しいのに。気ぃ使わせて、ごめんな」
私を気遣ってくれるとは。どうしよう、もう本当に倒れそうだ。
「気にしなくていい。いつも一人で食事してるからね、たまには誰かと一緒に食べたいし」
「え?一人で?」
鋼のは大きな瞳を私に向けた。金色が眩しい。
「大佐ってモテんだろ?いつもデートとかしてんじゃねぇの?」
そんな、きみと出会う前の話を今さら。誰だ、余計な情報を与えたのは。
「まさか。たいていは仕事で、偉いさんと会食とかだよ。ここもそういうときによく来てたんだ」
「そうなの?」
鋼のはいまいち信用してないような表情で私を見たが、すぐに視線を皿に移してフォークを持ち直した。

興味をなくしたようなその態度が、少し寂しいと思ったら。

「毎日一人で食事をするのも飽きたし、よければ明日も一緒にどうだ?」

つるりと口から滑って出た言葉に、自分で驚いた。

なにを言っているんだ、私は。鋼のがそんなに毎日付き合ってくれるわけないじゃないか。
だって彼は、あいつが好きなんだ。私の部下の、あの背の高いヘビースモーカーが。

どうしよう。どう言って誤魔化そうか。いや、今の言葉に不審なところはなかったはずだ。私の気持ちを悟られるような、そんなヒントになるようなものは含まれていなかった。
それでも焦って視線をさ迷わせていると、鋼のは食事の手を止めてしばらく私を見つめた。まるで今の言葉が本当に本気かどうか、探るような目。

「………いいの?」

ちょっと待て。
それは承諾ととっていいのか。とるぞ私は。本当にいいのか。

「きみと、一緒がいいんだ」

ああ、私のバカ。なんだその口説いているようなセリフは。

鋼のは頬を染めて俯いた。
どんな顔をしているかなんて、見る勇気はなかった。




送って行って宿の前で別れ、ここに泊まっていたのかと古い建物を見上げた。うちからわりと近い。そんなこともまったく知らなかった。

また明日、と言って中に入っていった彼の顔は嫌そうには見えなかった。
それだけが救いだと思った。今夜の私は浮かれ過ぎだ。自分が言った言葉を思い出すだけで、このまま道ばたに倒れてしまいそうだ。

どう思っただろう。嫌われてなければいいが。
気持ち悪いと、思われてなければいいのだが。










翌日出勤した私は、残業するわけにはいかないと必死で仕事をこなした。副官が幻でも見たように目を擦り、現実だとわかると感動のままに瞳を潤ませて次から次へと書類を持ってくる。
減らない仕事にため息をつき、気分転換にと休憩をもらった。中庭に行くか、屋上にするか。迷ったのは一瞬で、私は屋上に向かった。

こういうときに思う。
人にはなにか霊感めいたものが確かにあって、無意識のうちにそれに従って行動しているのではないだろうか。



誰もいないと思っていた屋上には、ハボックと鋼のが先に来ていた。
のんびりタバコをふかすハボックは明らかにサボり中だ。鋼のはそれについて来たというところか。
私はなぜだか、ドアの陰に身を隠してしまった。隠れる必要はないはずなのに。
もしかしたら昨日鋼のを連れ出し、今日もまた約束をさせてしまったことに罪悪感みたいなものがあるのかもしれない。




,
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ