リクエストとか

□瞳に目隠しさせて
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「行ってくるよ」
朝っぱらから恥ずかしくなるような声で言われて俯いたら、頭を撫でられた。
「定時には帰れると思うから、いい子で待っていてくれ」
「………ガキじゃねぇっつの」
唇を尖らせて文句を言うオレの顔はたぶん真っ赤だ。准将は優しく笑ってオレの頬にキスをして、玄関の扉を開けた。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
手を振って車に乗り込んで、恋人は仕事に出かけて行った。

ふぅ、と息をついて家に入って玄関を閉めた。毎朝、准将が出かけるまでは大変だ。なかなか目覚めない恋人は寝起きも最悪で、出かけてくれるまでに時間も手間もかかる。少尉が一緒に出勤なら無理やり引きずって行ってくれるからいいが、今日は少尉は休みだ。おかげで准将の機嫌をとって目を覚ましてもらうためにとっておきの技を使わなくてはならなかった。
食卓に座ってむすっと新聞を眺める准将の後ろから抱きついて、耳もとに唇を寄せて「ごはん、冷めちゃうよ」とか囁くという技。
バリエーションとして「コーヒー、おかわり要る?」とか「今日は何時に帰れるの?」とかもある。たまに機嫌が直ると同時に余計なところが元気になって押し倒されちまうこともあるが、確実に目を覚ましてくれる。
ただ、これをやるとあとで自分が恥ずかしくて落ち込むことになるので諸刃の剣ではあるのだが。
あと、それを見たら拗ねる奴がいるのでちょっと困る。
「准将、行ったか?」
リビングのソファに寝転んだままでもう一人の恋人が聞いた。
「うん」
「じゃ、こっち来いよ」
「ダメ。洗濯するから」
食器を片付けながら言うと、少尉はソファに丸くなった。
「いいよな、准将は。朝からおまえに抱きついてもらえて。オレなんか傍に来てももらえねぇんだもんな」
「…………だって少尉は寝起きいいじゃん……」
でっかい男が拗ねても可愛くない。のだけれど、仕方ない。普段はそんなにべたべたしないのに、やきもちやくとやたらに甘えてくるのは二人とも同じだ。いや、准将はいつでもどこでもべたべたしてくるけど。
「もー、拗ねんなよ」
ぱたぱたスリッパを鳴らして傍に行くと、少尉は素早く手を伸ばしてきてオレを掴まえた。そのままソファに引っ張られて、しょうがないから座った。せっかく天気がいいのに、洗濯は諦めなくてはならないらしい。
「なぁエド」
オレの膝に頭をのせて、やっと機嫌が直った少尉が窓を見た。
「天気いいしさ、どっか行こうぜ」
「どっかって、どこ?」
「そうだなー……」
思案しながら少尉の青い瞳が室内を見回す。その視線に意味はなかったんだろうが、少尉はテーブルに目を止めて「げ」と呟いた。
どうしたのかとそちらを見ると、テーブルの上には書類らしき封筒がひとつ。
「あのバカ……忘れて行きやがった」
「なにあれ」
手を伸ばしてそれを取る。軽い封筒にはやっぱり書類が何枚か入っていた。
少尉は起き上がって時計を見て、肩を竦めてため息をついた。
「今日の午後からの会議に使う資料だよ。オレが昨日の帰りに役所行ってもらってきてさ、明日持って行けよって准将に渡したんだ」
それがないと、どうやら困るらしい。オレは立ち上がった。
「持ってってくる」
「一緒に行くよ。ったくあのバカ、抱きつかれてデレデレしてっから忘れんだよな」
まだ機嫌は直りきってないらしい。
けど仕方ないじゃんか。少尉は朝はびっくりするくらい寝起きがよくて、不機嫌なとこなんて見たことがないんだから。そんな、自分にもダメージがくるような技を使う必要ないんだもん。
「……意外と、根にもつんだ」
「おまえのことなら、どんなことでも根にもつぞ」
にやっと笑われて、顔がまた赤くなった。



というわけで、少尉に車に乗せてもらって、オレは久しぶりに東方司令部にやってきた。二人と一緒に暮らすようになるまではわりとよく来ていたのに、毎日忙しいせいで最近はさっぱりだった。軍属なんだから来なきゃいけないと思うんだけど、家にいれば上司にも同僚にも会えて仕事の話もそこですんでしまうから、つい。
少尉は毎日ここに来ているはずなんだけど、休みに出て来るなんてことがないから新鮮らしい。私服で執務室を訪ねるなんて初めてだ、なんてくすくす笑ってる。
「あれ、ハボック少尉。お休みでは?」
フュリー曹長が通りかかって声をかけてきた。
「准将が忘れもんしたんだよ。部屋いるかな」
「いらっしゃいますよ。なんだかホークアイ中尉と真剣な顔で話をされてました」
中尉と?
よくわからないけど、オレたちは礼を言って奥へ向かった。
すぐに執務室の大きなドアに着く。ノックをしようと手をあげたとき、わずかに開いたままだったドアの隙間から声が聞こえてきた。

「あなたがそんな人だったなんて……もう私、信じられない」
「いや、待ってくれ中尉!私はそんなつもりじゃ…」
「いいえ!信じた私がいけなかったんです。もう、どうしようもないわ……」
「……すまなかった。だが、私も努力はしたんだ。でも………」

なんなんだこの会話。
少尉も眉を寄せて聞いている。

「いいの!こうなったら、准将に責任をとってもらうわ!」
「ま、待て中尉!早まるな!話せばわかるから、銃をしまってくれ!」

逼迫した准将の声に、慌ててドアを開けて中に入った。
准将はデスクの傍に立っていて、中尉はその向かいに立って銃を構えていた。




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