小話

□いつもいつでも、何度でも
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国道を走るトラックの助手席で、エドワードは例によってがさがさとお菓子の入った袋を探っていた。
「今日はなにが出てくるんだ?」
ハンドルを握ったロイがちらりと視線を寄越す。毎回色んな種類のお菓子が次から次へと出てくるので、以前はそういうものの流行に疎かったロイもすっかり詳しくなっていた。
「薄いクッキーにチョコついたやつ、美味しそうだったから買ったんだよな。どこ行ったんだろ」
なおも袋を探りながら、エドワードはなにげなく窓の外に目をやった。
視点の高いトラックからは普通車では見られない景色を眺めることができる。今車窓に広がっているのは、軍用の港に停泊する潜水艦の群れだった。黒い船体が波に揺られながらぷかぷかと浮いている。
「あれ、近くで見てみたいな」
呟いた言葉を耳聡く拾ったロイが、つられてそちらを見た。
「確か毎年、一日だけ一般公開しているはずだよ」
「へぇ」
近くに住んでいれば見に来ることもできただろうが、あいにく自分たちは通りすがりだ。仕方ねぇな、と諦め顔で肩を竦め、エドワードは景色とともに過ぎていく潜水艦たちから視線を移した。
少し先、坂を登ったあたり。
何度か来たことがあるから知っている。そこから見える景色を、エドワードは潜水艦よりももっと楽しみにしていた。
「見えたー!」
幸いにも赤信号でひっかかり、トラックがゆっくりと止まる。エドワードは窓を開け、乗り出すようにして歓声をあげた。
「頼むから落ちるなよ」
苦笑したロイも同じほうを見る。
そこは造船所だった。大きなドックに屋根はなく、建設途中の船が見渡せる。海軍の施設が隣接しているせいなのか、それともその造船所そのものが海軍の一部なのか。作られているのは、いつも軍艦だった。
「すっげ!今日の船、めちゃでっけぇ」
携帯を構えてシャッターを切るエドワードに、ロイも思わず身を乗り出す。そのとき信号が変わり、まわりの車が動き出した。
「ロイ、青だよ」
言われて渋々座り直して、ロイは仕方なく運転を再開した。車の列に従って進むうち、造船所は後ろに流れて見えなくなっていく。
「あれ、いつできるんだろ。海に出るとこ見たかったなぁ」
「そうだな」
ドックの海に面した側には大きな扉のようなものがついていた。そこから完成した船を海に出すのだろうと思われるが、ここを通過するときはいつも建設中の船しかいなくて、出航していく場面には遭遇したことがなかった。

「な、ロイはああいうの憧れたことねぇ?」
海軍の港も造船所もすっかり見えなくなってから、エドワードは座席に座り直した。
「オレ、昔戦闘機のパイロットに憧れてたんだ。音速で飛んだり、宙返りしたりすんの」
「そうなのか?だったら空軍に志願すればよかったのに」
「………いや。……パイロットになるにはその……ちょっとだけ、足りなかったっつうか……」
「……ああ、うん」
警察官になるにも身長制限があるというし、軍人にもあっておかしくない。パイロットならなおさらだ。
微妙な沈黙がおちた車内で、エドワードがぱっと顔をあげた。
「でもさ、ロイって軍服似合いそうだよな」
「私がか?」
なにをいきなり、と面食らった表情になるロイに、エドワードがくすくす笑った。
「軍人になったら、なんか出世しそうだよねロイって」
「そうか?」
「そうだよ。なんか、司令官とかになって偉そうにふんぞり返ってそうだ」
「司令官ねぇ。だったら、ハボックやブレダは部下かな」
「リザさんは副官なんかやってそう」
「それは勘弁してくれ。厳しそうだ」
トラックは国道をさらに進む。海から離れ、山道にさしかかった。スピードが落ち、エンジンが重そうに唸る。
登坂車線に向けてハンドルを切り、それでは、とロイが言った。
「きみは?きみも私の部下なのか?」
「………ロイの、部下…」

司令官然として執務室のデスクに座ったロイの前に立つ自分を想像する。そのロイの側にはリザが守るように立っていて、部屋の中には軍旗かなんかが飾ってあったりするんだろう。
『大佐、』
そう呼びかける自分に、厳しい目をしたロイが頷いてみせて、
『わかった。報告はそれだけか?』
『詳しくはここに書いてある』
書類はきっと報告書かなにかだ。差し出したその紙束を受け取ったロイが、文字を追ってまた頷く。
『こちらで裏付けをとっておこう』
これでこの件は終わり。自分は部屋を出るために踵を返す。
大きくて重厚なドアの向こうは広い廊下があって、そこを歩いて少し行けばハボックやブレダたちがいる部屋がある。
そっちへ向かおうとする自分の肩を、いつの間に側に来たのか、ロイが捕まえて抱きこんで。
『つれないな。そんなに急いで出ていかなくてもいいじゃないか』
背後で呆れたため息をつく副官を無視して、ロイはそのまま唇を寄せてきて、

「………なにいまの」
エドワードは慌てて首を振った。
なんだ今のは。やけにリアルで、鮮明な。
まるで、実際に経験したことがあるような。
「どうした?」
前を見つめたまま聞いてくるロイに、エドワードは誤魔化すように笑った。
「いや。オレが部下だったら、あんた絶対セクハラするって思って」
「ひどいな」
苦笑はしても否定しないロイの運転する車は、坂を登りきった先のトンネルに入って行った。トラックの咆哮がトンネルの中に鳴り響く。ライトを点ければ、前を走る普通車が怯えたようにスピードをあげた。
「どっかで飯にするか」

『どこかで食事でもどうだ?いい店があるんだ』
想像の中でも、軍服を着たロイがそう囁いた。
『……奢り?』
素直に頷くことができない自分はまだ子供なのだ。拗ねた表情を作って、自分に抱きついた大人を睨む。
『もちろん』
『じゃあ、……行ってもいい』
答えを聞いて、ロイは笑ってソファを指す。
『急いで終わらせるから、待っててくれ』
『仕方ねぇな』
手をかけていたドアノブを離し、赤くなった顔を隠すように俯いてソファに向かい、座る。けれどデスクに戻ったロイが仕事をしている間はすることもなく、昼寝を決め込んでそのまま横になって、

「…………あれ」

なんだそれ。部下なら軍人なんだし、仕事くらいあるだろう。第一上司の部屋で昼寝とかどうなんだ。本当に部下なのか。

想像するというよりは思い出すと言ったほうが近い、その情景の中で。

青い軍服を着て仕事の話をするロイとリザと、どう考えても私服らしい赤いコートの自分。

「エドワード?どうしたんだ?」
返事もしないでぼんやりする恋人に、ロイが気遣わしげな声をかけた。
「な、なんでも」
ない、と言いかけて、エドワードは黙った。怪訝そうにちらちらと見てくるロイに、遠慮がちな視線を送る。

「………大佐、」

「え」

ゆらりと揺れた車に、エドワードが慌てた。
「や、ごめん!なんかさ、ロイがもし軍人だったら、オレってロイのことそう呼ぶのかなって思って…」
そう言い訳するエドワードに、ロイは眉を寄せた。

「…………鋼の」

「え?」

思わずびくんと肩が跳ねた。

それは、想像の中でロイが自分を呼んでいた呼び名。

「……いや………なんだか、きみをそう呼んだことがあるような気がして」

「…………」

軍人の呼び名ではない。なにかの呼称の略かもしれないが、なんのことかわからない。

けれど、確かに。
そう呼ばれたことが、あるような気がする。

「大佐…というのも、覚えがあるようなないような」

考えこむロイに、エドワードもまた黙った。

トンネルを出たトラックはライトを消し、排気をかけながら坂を降りていく。車体が重いトラックは登りよりも下りのほうが気を使うんだ、と言ったのはハボックだった。スピードが出すぎる。勢いがつくとブレーキも効かなくなる。ロイもゆっくりと、減速しながら長い坂道を下っていた。

「………前世の記憶というやつかもな」
ロイが呟くように言った。
「前世?」
「そう。前世で、私は大佐できみはその部下だったんじゃないか?」
「部下…なのか?」
どうだろう、と考えるエドワードに、ロイは笑顔を向けた。
「なんでもいいさ。重要なのは、そのときも今も私の側にきみがいるということだ」

いつも、いつでも。
何度生まれ変わっても、必ずまた出会って恋をする。

「運命とでも言いたいんかよ」
照れて赤い顔を俯いて隠し、わざとぶっきらぼうに言った。もしもあれが前世の記憶なら、自分はまったく成長していないことになる。エドワードは自分に呆れたが、仕方がないと苦笑した。

何度生まれ変わったって、自分は自分だ。

「そう。私ときみには、愛で結ばれた強い絆があるんだよ」

冗談めかして笑うロイも、きっと同じだ。

前世でもその前でも、ずっとずっと前も。
ロイはきっと、こんなふうに側にいて、愛してくれたに違いない。

トラックは坂を降りきり、山道を出た。目的地である倉庫会社が建つ街がその先に広がっているのが見える。
そこまできて、ロイはふいにハザードを点けてハンドルを切った。トラックは路肩に停車し、後続車がそれを追い越して行く。
「どしたの?」
きょろきょろしながら問うエドワードに、ロイはにっこりした。
「いや、運命の愛というものを身をもって実感したいなと思ってね」
「…な、」
抗議をしようとしたが、それより早く後ろのベッドに放り込まれた。
「まだ時間はあるんだ。少しくらい大丈夫だよ」
あんたが少しですむわけねぇだろ、という言葉は当然ながら無視された。

何度生まれ変わっても、ロイと出会って恋をする。

それは構わない。嬉しいと思う。

だけど。

想像の中で自分を抱きしめてきたロイを思い出し、それと同じ表情で熱をこめて見つめてくる現実のロイを見て、エドワードはため息をついた。

せめて次に生まれ変わるときには、ところかまわず発情するのをなんとかしてもらいたい。

「……無理だろうな。ロイはロイだしな…」

「なんか言ったか?」

「いや、なんも」

すっかり服を剥ぎ取られて、いそいそと自分の服を脱ぎにかかったロイを見て、エドワードは諦めて体から力を抜いた。

「……前世のオレも、こんなだったんだろうな…」

「なんか言ったか?」

「なんも」

何度でも同じ相手に恋をするなら、これは本当に運命なんだろう。だったら、もうどうしようもない。

恋人の体重を受け止めて、エドワードはそっと目を閉じた。



END,

思いつきを勢いで書くと、ろくなことにはなりませんね…

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