小話

□愛を囁く金の猫
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「エドワード、私の言うのを真似てごらん」

「…………う?」

「えーとね。まず、私の名前は、ロイだ」

「………ろ、」

「ろ、い」

「……………ロイ、」

「そう。よくできました」

頭をぐりぐり撫でてやると、エドワードは嬉しそうに目を細めた。
そのまま擦り寄ってきて、私の顔を至近距離で見つめながらまた口を開く。そこから覗く小さな牙が可愛い。
「ロイ、」
「うん、ロイだよ」
「ロイ」
「なんだ?」
にこにこと返事をしてやれば、エドワードはさらに嬉しそうに笑った。金色の瞳がきらきらと私を見つめるのが愛しくてたまらない。


金色の猫を拾って、1ヶ月。この人の形をした猫を、私はもう猫と思うことをやめていた。耳と尻尾がある以外は普通の少年と変わらない。片言だが言葉も喋れる。
それならば、これはもう猫ではないだろう。
ちゃんとした自分の意思を持つ、人間だ。
なら、そのように教育してやるのが保護者になった私の役目だろう。言葉を教え、人間らしく行動できるようになるまで、私がこの子を導かねばなるまい。
うむ、そう。私はいわばこの子の父親なのだ。この子を愛し、庇護してやらねば。


とかなんとか頭の中で言い訳しているが、私は私の気持ちにとうに気づいていた。隠そうったって無理だし、忘れることも誤魔化すこともできない。

私は、この子に惚れている。

金の瞳も金の髪も、金の耳も金の尻尾も。

全部好きだ。

父親ではなく、私はこの子の恋人になりたい。






というわけで、私は今日からエドワードに言葉を教える。まずは意思の疎通からだ。
「ロイー」
甘えるように首を傾げて私の名前を言うエドワード。
「な、なんだい」
優しい声で微笑む私。
「ロイ………」
こう言えば私が答えてくれると理解したらしいエドワードは、可愛らしい笑顔で小さな唇から何度も私の名前を囁く。
「…………エドワード…」
そろそろ限界がきそうだ。
目眩がするほどの強い愛情は、生まれて初めて経験する。体中がこの子を求めて、血が沸騰しそうだ。

ていうか。
ようするに欲情しているのだ。

エドワードに伸びそうになる手を必死に抑え、膝に乗ってこようとする彼をなんとか押し戻す。
ダメだ、これ以上近づかれたら。
「ロイ?」
眉をさげ、悲しげな顔で私を見るエドワード。
そんな顔をされたら、抑えきれなくなるじゃないか。
私は拒否をしているわけではないと言いたくて、なるべく優しく笑ってみせた。髪を撫でて頬を撫で、まだぶつけるわけにいかない激情をどうにか誤魔化す。

「好きだよ、エドワード」

「…………うぁ?」

「好きだ」

「………………」

エドワードは丸く開いた大きな瞳で私を見つめて。

「………す、き」




なんか、体が爆発したような気がした。




「ロイ、すき」

「え…………エド、」

「すき」

私の言葉を真似ただけだ。
意味がわかっているわけじゃない。

だが。

それでも。

「エドワード……好きだよ」
耐えきれなくなって、小さな体を抱きしめた。
額にキスをしてしっかりと抱きこむと、エドワードは驚いたような顔で私を見た。その顔がすぐに笑顔になるのを見て、こういうふうに触れられることを気にいったらしいことがわかる。
「ロイ!すき!」
さっきよりもっと全開の笑顔。
「私もだよ、エドワード。大好きだよ」
「だ……すき?」
「だいすき、だよ」
「………だい、すき!」




ああもう。

どうしよう。全身の穴という穴からなにか色んな汁が出てきそうだ。




エドワードは私に腕をまわして抱きついてきて、何度も繰り返して言った。
ロイ、すき。だいすき。
私は今までの30年の人生において、これほどまでに幸せな気分になったことは一度もない。











「猫、飼ってるんでしたよね」
タバコをくわえた部下が聞いてきて、側にいた副官が驚いたように私を見た。
「大佐が、猫?」
「前、ちらっと言ったじゃねぇスか。拾ったって」
「………ああ、まぁ」
口を滑らせていたのか。私は舌打ちしたい気分で頷いた。
「だから、ここのとこ真面目に仕事してらっしゃるんですね」
納得したように頷く副官は、ぱっと顔をあげた。
「で、どんな猫なんですか?私も見せていただいてよろしいでしょうか」
きらきらした瞳で聞く副官に、返事に困って目を逸らした。一見冷たいように見えるこの女性副官は、じつは動物が大好きなのだ。
「オレも見たい!大佐、今日遊びに行っていいでしょ?」
「一緒に行きましょうよ、少尉。なにか猫ちゃんにプレゼントを買って行かなくちゃ」
タバコの部下は特に猫好きなわけじゃない。単に好奇心だろう。
だが、できれば見せたくない。私の可愛い仔猫には、私以外の誰も触れさせたくない。

エドワードは見かけは普通の少年だ。猫らしく元気がよくて悪戯好きで。タバコの部下はそれをすぐに気にいるだろう。
金色の毛並みの大きな耳と長い尻尾。副官はそれを見て歓声をあげるに違いない。
二人とも、エドワードを気にいって可愛がるだろう。
あの子は甘えん坊だから、可愛がってくれる二人をすぐに好きになるはずだ。
そんなことになったら、私と彼の二人きりの生活が台無しになってしまう。

それに、なにより。

あの子が喋れる言葉といえば、
「ロイ、すき。だいすき」

……………。

間違いなく、付き合いの長い優秀な部下たちは私の気持ちや思惑を的確に見抜くに違いない。
そうなると、よくて変態扱いだ。
悪くすると、あの子と引き離されてしまうかもしれない。
それは嫌だ。それだけは我慢できない。


「人見知りするんだ。怯えてしまうかも…」
どうにか思いついた言い訳に、二人は笑って手を振った。
「大丈夫っスよ。とりあえず見るだけだし」
「なついてくれるまでは、無理はしませんよ」
とりあえずってなんだ。なついてくれるまで通ってくる気なのかおまえら。
「…………えーと」
もう言い訳が思いつかない。
「楽しみだなー、どんな猫かな」
「ペットショップに寄らない?可愛いリボンがあるのよ」
私は慌ててコートを掴み、用事があると言い捨てて返事も待たずに司令部を飛び出した。

奴らが来るまでにエドワードに違う言葉を教えるか、もしくはどこかに隠してしまうか。
可愛いリボンをつけたエドワードは見たいが、今はそんなことを言ってる場合じゃない。

家に飛び込んで、驚くエドワードを捕まえて目を見つめ、
「エドワード、こんにちはって言ってごらん」
「…………ロイ?」
「こんにちは、だ。ほら、エドワード」
「……………ロイ、すき」
「うん、私も好きだよ。じゃなくてほら。こんにちは」
「こ、ん、………」
ああ、やはり急いで言わせるのは無理がある。

では隠すしかないか。私はエドワードを抱えて立ち上がった。

家の中を隠し場所を求めて歩きまわる私は、私の態度を不審に思った部下たちが車でこちらに向かっていることなど知らなかった。
チャイムが鳴ると同時に開いたドアに、鍵をかけ忘れていたことを知って後悔する。
だがそれどころではない。
私はエドワードを腕に抱いていて、エドワードは私のパジャマの上着だけを身につけた姿。
それでちょうど玄関前にいたのだから、どうしようもない。

「…………誘拐、監禁容疑で身柄を確保させていただきます」

冷たい副官の声に、私は泣きたくなった。




耳や尻尾を見せてどうにか猫だと信じてもらい、私の容疑はなんとか晴れた。

だが、思った通りエドワードを気にいった二人からすっかり変態の烙印を押されてしまい、エドワードが自分の意思で私を好きだと言わない限り、不埒な真似は厳禁だと宣言されて監視されるようになってしまった。



「ロイ、すきだよー」
「ほら中尉!彼も私を好きだと言ってくれている!」
「ダメです。今のはエドワードくんの意思ではありません。ね?エドワードくん」
「ちゅーい、すきー」
「ふふ、ありがと。私も好きよ」
「エド!オレは?」
「しょーい、すき」
「うん、オレも好きー!可愛いなぁおまえ!」

私はいつになったらエドワードの恋人になれるんだろう。

情けない気持ちで見つめると、エドワードがにっこり笑った。

「ロイ、だいすき」

………耐えるぞ。
きみのためならなんでも耐えてやるぞ私は。

「エドワード、じゃあ今度はこの本だ。昔々、ある国のお姫様が…」

膝に抱いたエドワードに絵本を見せて文字と言葉を教える私を、銃を手にした部下たちが微笑ましげに見守っていた。





END,

……いまいち?

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