小話

□言葉だけじゃ信じられない
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「好き、なんだけど」

きみがなにかに夢中になると、他のことがなにも耳に入らなくなるのを知っていたから。

「恋人になってくれないか」

わざと本を読んでいるときに、何気ない風を装って言った。

予想通り、きみは振り返ることもなく。
驚きもせず、戸惑いもせず。

「あー?うん」



作戦成功。









「鋼の、これの資料を取ってくれ」
「んー」
「あのファイルはどこだったかな」
「これのこと?」



旅を終えて弟と離れた鋼のは、銀時計を返しに私のところにやって来た。
このあとどうするんだと聞けば、わからないという返事。だから私は提案した。イーストにいて、私の側にいればいいじゃないか。
『なんで?』
不思議そうに首を傾げる鋼のに、にっこり笑ってみせる。
『当然だ。きみは私の恋人じゃないか』
『まだそれ言ってんの?バカ?』
頬を染めるどころか、呆れかえった冷たい瞳で睨んでくる鋼の。
そんなものは予想済みなので、私は動じない。
『私の個人的な秘書の仕事をしてくれれば、給料は払うよ』
『………………マジ?』
鋼のは資格を返還したばかり。
つまり無職になったばかりだった。
給料、という言葉に揺れた彼は、少し考えてから頷いた。

作戦成功。




「ていうか、個人的な秘書って言ったじゃんか。なんであんたの仕事の助手までやんなきゃいけねぇの」
乱暴にファイルをデスクに置きながら、鋼のが不機嫌な顔で聞いてくる。
もちろん、私が彼から離れたくないからだ。いつも視界に置いて愛でていたい。
「私は家よりここにいるほうが長いんだから、当然だろう。中尉も仕事が減って喜んでるよ」
「オレはもう一般人だっつの。軍部の連中も、オレがうろうろしててもなんも言わねぇし。どうなってんだ」
私が鋼のをアルバイトとして登録したからだ。内緒だが。
眉を寄せる鋼のも美しい。輝きを放つ金の髪をひとつに結んで、シックな色合いのベストとパンツが大人っぽいし、白いシャツも似合っている。
すっかり大人になった鋼のの、そこだけは変わらない金色の瞳。大きくて吊りがちで、気の強そうなきつい目は私の昔からのお気に入りだ。
その目を見つめていたら、ふいに見つめ返されて驚いた。
「………あんた、キモい」
「へ?」
「にたにたしながら人のことじろじろ、なんか痴漢ぽくてキモい」
「……………」
いかん。下心が滲み出ていたらしい。
「……えーと鋼の。今夜はなにか予定は」
話題を変えるついでに食事にでも、と思って言いかけた私のデスクで、電話が鳴った。
「将軍、お電話ですよ」
中尉の口調を真似てふざける鋼のにため息をついて、私は渋々受話器をあげた。




「…くそ。せっかく今夜こそと思ったのに」
呟きながら電話を切って、私はデスクに頬杖をついた。
電話は私よりずっと古株で偉い将軍からのものだった。今夜そちらに行く用事があるんだが、娘がきみのファンでね。食事をして、そのあとちょっと街を案内してやってくれないか。
冗談じゃない。
「文句言わねぇの。いいじゃん、デート。羨ましいなー」
鋼のはスケジュール帳をめくって私の予定を確認している。
「今夜こそなにをする気だったか知らねぇけど、溜まってんならそのねえちゃんと遊んでくればいいじゃねぇか」
「………私の恋人はきみだけだ」
「はぁ?なに?聞こえませーん」

鋼のは私の告白を冗談だと信じているらしい。確かに無意識に返事をさせようとして、なんだか軽い言い方をしてしまった自覚はあるのだが。
もう何年も、きみと私は恋人同士なんだと言い張っている。なのに、彼はまったくその気はなく。
キスどころか、抱きしめたこともない。
手は、なにかを受け渡しするときにたまに触れる程度。

「きみは私をどう思ってるんだ?」
「えー?上司と部下。あと、そうだなぁ。なにかあったかなぁ」
思案してから、鋼のは思いついたように笑った。
「あ、そう。友達!年はちょっと離れてるけど」
「…………友達……」
上司と部下よりは喜ぶべきなのだろうか。
「オレを言い訳にしてねぇで、さっさと仕事終わらせて支度しろよ。いいじゃん、将軍の娘。うまくいけば出世できるかもよ?」

言い訳なんかじゃなくて。
けれど、言ったところで聞いてくれるとも思えない。

定時になって、コートを差し出してくれる秘書な鋼のに最後の足掻きをしてみる。
「よければそのあと、お茶でも」
「なんでだよ。オレ、用事があるから無理!」
言い終わらないうちに断られた。
彼はイーストで自分のアパートを借りている。一緒に住みたいと何度も言ったのにダメだった。男同士で同棲とか侘しくて嫌だ、というのが理由。そんな。侘しさなんて感じる暇なんぞ与えないのに。
私はがっかりして司令部を出た。仕事の用事みたいなものなので、ハボックに運転させて待ち合わせた店まで行く。仮にも将軍位が歩いて行くわけにはいかない。

窓から外を眺めていたら、鋼のが借りているアパートが見えた。
あれの家賃は、私が彼に渡す給料から出ている。言い換えれば私が出している。うん、彼は私が金を出したアパートに住んでいるんだ。うんうん、つまり私が彼を養っているんだ。まるで夫婦じゃないか。そう思い込めば少しは気持ちも…。

「それだと妾を囲ってるみたいな言い方になりませんか」
うるさいなハボック。

妾なんかじゃなく、妻になってほしいのに。
たまに来るくらいじゃ満足できない。一緒に暮らしてほしい。私の帰りを待っていてほしい。

「贅沢っスよ。とりあえず側にいてくれてるだけでも、奇跡みたいなもんなのに」
うるさいってば。いちいち独り言に反応しなくていい。



車はあっさりと店に着き、私はハボックに連行されるようにして中に連れ込まれた。鋼のに頼まれているらしい。私が将軍と挨拶を交わすのを見届けてから、奴はようやく車に戻って行った。




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