小話

□幸せの約束
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あるところに、一人の鍛冶屋が餓死しかけていた。

店はぼろぼろ。注文も来ない。来ても材料が買えない。どうにもならない状態で、どうしようもない状況だった。
「このぶんでは、死ぬのも近いな」
つまらない一生だった。あの世に行ったら亡くなった父になんと詫びればいいのだろう。
そんなことをぼんやり考えながら一人で森の中を歩いていると、かさりと足音が聞こえた。
「なにしけたツラしてんの」
振り向くと、少年が立っていた。

きらきら輝く金色の髪。同じ色の瞳。
この世のものとは思えない美しい少年は、黒い服に赤いコートを着てこちらを見ながらにこにこしていた。

「オレ、エドワード。あんたは?」
「…………ロイ・マスタング」
つい素直に答えてから、ロイは周囲を見回した。深い森の中には家はもちろん道もない。少年の身なりはずいぶんとさっぱりしていて、こんなところをたった一人で歩き回っていたようには見えなかった。
「………迷子か?」
「いんや」
エドワードはおかしそうに笑った。木々が繁ってろくに光もささない薄暗い中で、金色がきらきらと光った。
「あんた、ずいぶんくたびれてんなぁ」
エドワードは傍まできてロイを観察した。
「余計なお世話だ。子供はさっさと家に帰れ」
肩を竦めて言うと、エドワードがまたくすくす笑う。森の中に反響するような笑い声に、ロイは目眩を感じた。
「金がなくて困ってんだろ?」
遠慮のない言い方に戸惑うが、違うと言っても仕方ない。着ているものもぼろきれ同然で、髪もしばらく切ってないのだ。薄汚れた自分はどこからどう見ても究極の貧乏人だった。
「だったらどうなんだ。きみには関係ないだろう」
「あるよ」
エドワードはすっと手を差し出した。さっきまでなにも持っていなかった手のひらには、零れそうなほどの金貨が乗っている。
ロイが驚くと、エドワードはもう片方の手も同じように差し出した。やっぱり金貨の山。
「要るなら、もっとあげるよ」
「………………」
言葉の出ないロイに近づいて、エドワードは声を潜めた。至近距離で見る金色の瞳に見入られそうで、ロイの背中に恐怖が走った。
「取り引き、しねぇ?」
「…………な、」
動けないロイにエドワードが笑う。
「あんたの持ってるもんとコレ、交換しようよ」
「………持ってるもの?」
なにも持ってない、とロイが呟くと、エドワードはひらりと手を振った。手のひらの金貨が消え、なにもなくなった手がロイの胸に触れる。
「あるじゃん。ここに」
「……………?」
ポケットにはなんにも入っていない。せいぜい綿埃くらいなものだ。
「わかんねぇ?」
エドワードはロイにますます近づき、見上げてきた。顔が近い。端麗な顔に動揺して、ロイは後退りした。エドワードはそれを怖がっているととったらしく、楽しそうに笑った。
「怯えなくていいよ。今じゃなくてさ、3年後。3年経ったらオレにくれよ」
「3年………?」
なにを、と小さな声で問うロイに、エドワードは決まってんじゃんかとにやりとした。

「あんたの命だよ」

ああ、そうか。
ロイはようやく理解した。

「きみは、悪魔か」

「あたり!」

明るく笑って、エドワードはまたふわりと手を振った。今度は二人の間に、大きな袋に入ったたくさんの金貨が現れた。
「3年経ったらもらいに行くよ。だからこれやる。しっかり遊んどけよ」
「………………」
どうせ早々に餓死する予定だったのだ。3年生き延びられるなら悪くない話だ。
相手の正体がわかって、ロイはかえって落ち着いた。
「なぜ今じゃないんだ?3年後なんて、ずいぶん先じゃないか」
「オレは死神じゃねぇもん。それに、3年くらい遊んで暮らしたら、あんたこの世に未練ができるだろ?」
未練たっぷりの奴の魂を掴まえるのは手応えがあって面白いんだ。
エドワードはいかにも悪魔らしいことを言って笑った。
明るく可愛らしく美しい笑顔は、悪魔らしくもあり天使のようでもある。
ロイは頷いた。
「わかった。3年後にはこの命、きみにあげよう」
「マジ?やった!じゃあこれ、あんたんちに持ってっとくな!」
無邪気に喜ぶ悪魔を、ロイはふと手をあげて引き留めた。
「3年経ったら、きみがまた来るのか?」
「え。なんで?」
なんでと言われても。
ロイは違う意味でこの悪魔に魂を囚われてしまったことに気づいた。
そんなことには気づかない悪魔は首を傾げ、
「オレには弟子が3人いるんだ。だから、そのうちの誰かがあんたのとこに行くと思う」
「弟子?」
「うん。だから、忘れんなよ。3年後だからな!」

エドワードは言うなり消えてしまった。
森の中はまたロイ一人になった。物音はもうしない。遠くで鳥の鳴き声がする。

ぼんやりしたまま家に帰ったロイは、キッチンのテーブルの上に大きな袋が座っているのを見た。

中には金貨がいっぱいに詰まっていた。





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