小話

□温泉へ行こう
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革命がすんで弟を取り戻して、オレは錬金術を失った。

というわけで銀時計を返しにきた。未練はない。たくさん世話になった人たちにお礼を言い、お別れを言ってさよならと笑って帰るだけだ。別にもう2度と会えなくなるわけじゃないんだし、しんみりする必要はない。
オレは弟を伴って、司令部のドアを勢いよく開けた。
そこには上司が一人だけ。
「待ってたよ鋼の。さあこっちへ」
そしてそのまま、オレたちは会議室に連行されてしまった。





会議室には真剣な顔をした、見慣れた連中が座っていた。久しぶり、と手をあげて、上司に示された椅子に座る。隣に座ったアルが戸惑ったようにまわりを見回した。

「さて、全員揃ったな。会議を始めよう」
重々しい声の上司が言い、皆は頷いた。手元の資料らしき紙を見て、ハボック少尉が手をあげる。
「准将。オレはやはりこの案は反対です」
「む。では、他に案があるのか?」
「はい」
ハボック少尉は眉を寄せ、真剣なまま言った。
「ハワイです」
はぁ?
オレとアルが呆然とする。そこへブレダ少尉が手をあげた。
「いや。オレはやはり中華街を推します」
「ふむ」
ファルマン少尉が頷いた。
「食い倒れる気ですね」
「もちろんだ」
頷くブレダ少尉。ハボック少尉はそっちを見て立ち上がった。
「なに言ってんだ!ハワイだよ、絶対!ワイキキだよ!水着だよ!ヌーディストビーチ!男なら死ぬまでに一度は行きたい!」
「中華街で口からはみ出るほど食い倒れてみたかったんだよ!絶対中華!」
「肉まんよりおっぱいのほうが絶対」
ハボック少尉がそこまで言ったとき、ホークアイ中尉が咳払いをした。
少尉はおとなしく座った。
「ま、ワイハでもチャイナでもいいが」
准将は相変わらず難しい顔をしている。
「行くなら自腹で行け。軍の予算は少ないんだ」
少尉たちは悲しそうな顔で黙ってまた資料に目を落とした。

「……あの、聞いていいですか」
アルがおずおずと手をあげた。
「いったい、なんの会議なんでしょうか」
それへ中尉が微笑んだ。
「慰安旅行なのよ。ようやく落ち着いてきたから、東方司令部で部署ごとに交代で2泊3日の旅行に行くの。やっとウチに順番が回ってきたんだけど」
「行き先でもめてるんです」
フュリー曹長がため息混じりに言った。
「事務局が提案してきた温泉旅行じゃつまんないって、みんなが」
「ああ、なるほど……」
オレは頷いて、それからはっと顔をあげた。
「待てよ准将!だったらオレたち関係ねぇじゃん!」
准将は爽やかに笑った。
「なにを言ってるんだ。私の部下なんだから一緒に行かなくては。家族も連れて行っていいんだぞ?なぁアルフォンス、たまにはいいだろう?」
「そうですね」
にっこりするアルの腕を慌ててつつくと、アルはこっちを見て声を潜めた。
「多分、人数に応じて予算が出るんだよ。だから頭数増やしたいんじゃないかな。協力してあげなよ」
「で、でも。オレはもう錬金術師じゃないし、資格だって今日返上しようと…」
オレたちの内緒話を聞いた中尉がにっこりした。
「あらエドワードくん、返上しようとして来たのであって、今現在まだ返上はしてないのよね?」
「あ……うん、それは」
「だったらいいじゃない。急いで返上しなくても、帰ってからすれば。ということで異論はないわね?じゃ会議を続けましょう。私は温泉なら有名どころがいいわ。地獄巡りとか面白そう」
「どこかに美肌の湯っていうのがあるそうですよ」
中尉の隣でロス少尉が言った。
「お肌がすべすべになるんですって」
「マジ?それどこ?」
「この本に載ってたんですけど」
二人の女性軍人は旅行雑誌(温泉特集お得なクーポンつき)に夢中になってしまった。

でもさ、オレはもう錬金術は使えねぇんだ。それは准将も皆も知っている。そんなん黙ってこんなのに参加するって、ちょっと詐欺じゃないかと思うんだ。

オレの苦悩をよそに、旅行の計画はとんとん進んだ。男のほうが圧倒的に多いのに、なぜ女二人の意見だけが通ってしまうのかが不思議だ。准将に聞くと、そんなもんだよと言われた。そんなもんなのか。




そうして数日後の早朝、オレはまだ納得がいかないまま司令部の裏口にアルを連れて集合した。皆はすでに集まっていた。私服は見慣れなくてなんだか違う集団に紛れ込んでしまったような居心地悪さを感じる。
マスタング組と呼ばれる准将の腹心の部下だけなのかと思っていたけど、実際は意外と大人数だった。直属の部下だけだと聞いていたけど、30人くらいはいる。部下の部下とか、そんなんだろうか。

やがて皆を温泉へ運ぶ大型の貸し切りバスが、ゆっくりと裏門から入ってきた。きれいなバスガイドさんがにこやかにこちらを見ていた。





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