小話

□永遠の願い
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エドワードは目を開けた。
それから、きょろきょろとまわりを見回した。
知らない町並み。自分は大通りの真ん中に立っている。周囲に人影はなく、車も走っていない。鎧戸を閉めた窓がいくつも並ぶ商店街に、エドワードはひとりで立っていた。
ここはどこだろう。
なぜだかふらつく足を支え、遠退きそうな意識を必死に繋ぎとめてエドワードは歩き出した。
頭には靄がかかったようで、明晰なはずの脳は思考を停止しかけている。手も足も重すぎて、前へと進むことがひどく辛かった。
やがて交差点に出て、左右を見渡した。そこにも誰もなにもいなくて、信号は傾いたまま何色も灯していなかった。
左へ伸びる道の向こうに、立ち上る煙が見えた。そこへ行けば誰かがいるに違いない。エドワードはそちらへと足を向けた。

なぜ自分はここにいるんだろう。
どうやってここに来た。
なぜなにも思い出せない。
頭の中はぼんやりとしていて、体は重い。目を開けているような気がするし、閉じているような気もする。こんな感覚は初めてで、エドワードはバス停に置かれた古びたベンチにふらふらと座り込んだ。
なにか薬でも使われたのだろうか。そしてこのゴーストタウンに連れて来られて、置き去りにされたのだろうか。
ありそうな気がする。これほどまでの倦怠感は風邪で高熱を出したときにも感じたことがない。
だが、なぜ。
エドワードは首を振った。自分はもう錬金術師ではない。手を合わせても陣を描いても錬成光は溢れてこない。あの日、弟と引き換えに扉の向こうに置いてきたのだから。
銀時計も返した。後見人は確かにそれを受け取った。自分はそのとき、軍との繋がりをそこに置いてきた。あの後見人との繋がりも、全部。

それから汽車に乗って、また旅に出たはずだ。弟と別れ、どこかへ行く列車に乗って、旅に。

あれはどこに行く列車だったっけ。エドワードは考えたが、思い出せなかった。少なくともこんな町に来る列車じゃなかった。どこか別の場所。
別の場所?
どこだ、それは。

エドワードは立ち上がって、また歩き出した。

行きたい場所などなかった。目的もなかった。弟を取り戻した時点で目的はなくなったし、後見人との繋がりがなくなった時点で行きたい場所もなくなった。
どこへなんて見ず、適当に乗ったのかもしれない。どこでもいいから、どこかへ行きたかったのかも。

歩き続けていくと、周囲の建物に変化が現れてきた。さっきの信号のように傾いて崩れかけているものや、燃えてしまっているもの。足の下の道路も石畳が崩れ、歩きにくくなってきた。
風が吹いてきて、エドワードの金髪を揺らした。それで気づいて髪を触る。いつも結んでいた髪は、後ろに流れて肩や背中をふわふわとくすぐっていた。
髪をといた覚えもない。エドワードは顔をしかめたが、ゴムも紐も見当たらなかった。
それだけではなく、着ている服以外になにひとつ持っていなかった。ポケットは空っぽ。財布すら持ってない。
強盗にでも会って、頭を殴られでもしたか。エドワードはあちこち触ってみたが、頭にも体にも傷ひとつなかった。

そのとき、さきほどの風が運んできた匂いに気がついた。血と硝煙の匂い。立ち上る煙は数を増し、そこからはまた別の匂いがする。

人が、燃えていく匂い。

とたんにエドワードの聴覚が蘇った。なぜ今までわからなかったのだろう。歩き続けるその先からは、爆音と銃声と悲鳴と怒号が響いている。誰もいない町に、その音はこだまして幾重にも重なりながら響き渡っている。

ああ、ここは戦場だ。

エドワードは理解すると同時にまた首を傾げた。

なんでこんな場所に連れてこられたのだろう。国家錬金術師でいたときなら、兵器として投入されてもおかしくはなかったが。
だいたい、あの日革命が起こってからはアメストリスは平和だったはずだ。軍はかなり忙しかっただろうが、一般市民となったエドワードには国そのものは落ち着いて見えた。
なのに、なぜ。
こんなところで、戦争なんか。

考えながら、急ぐでもなく歩くエドワードの視界の端を、青い人影が横切った。振り向いて見ると、それは確かにアメストリス軍の軍服だった。知らない兵士が銃を手に走っていた。

間違いない。
ここはアメストリスで、戦場だ。

では、自分はなぜ。
なんのために、ここにいるんだろう。





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