小話

□臆病者の恋
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ああ、またか。

久しぶりに訪れたセントラルの繁華街で、見知った顔を見つけてため息をついた。
夜の雑踏の中を女の肩を抱いて歩く、オレの恋人。


予告なく来るオレも悪いのかもしんねぇけど、そのたびこんな光景を見せられたら百年の恋も醒めるってもんだ。

オレは目を逸らして歩き出した。弟を宿に置いて、食事をしに出てきたんだ。さっさと帰らなきゃ。

「待ちどおしいな」

先日電話をしたときのアイツの声を思い出した。

「早く帰っておいで」

嬉しそうな声に、嘘はないように思えたのに。












最初はオレも怒ったし詰問した。なんでなんだと泣き喚いた。そのたびにアイツは優しい顔で、誤解だよと囁いた。
あれは将軍の娘さんでね、とか。もしくは潜入捜査があったから囮になってカップルのふりをしていたんだ、とか。他の部署の人で軍人なんだ、ちょっと仕事の話があってね、とかとか。

色々忙しい人だし、とオレは納得した。仕方ねぇなと呟けば、きみだけなんだとアイツは笑った。
好きなのはきみだけだよ。
オレはそれを信じたかった。

いつだったか中尉が忙しそうにしていて、なにかあるのかと聞いたら今夜潜入捜査があるから準備なんだと教えてくれた。じゃ大佐も忙しいな、とオレが言ったら。
「囮は下士官の仕事よ。大佐は司令官だからここにいて指示を出してくれなくちゃ。出歩かれちゃ困るわ」
そのとき、アイツの言ったことは全部嘘なんだと悟った。

そのあとまた女と歩いているのを見て怒ったら、アイツは寂しかったんだと言った。
「きみは滅多に帰らないじゃないか。その間ずっとひとりぼっちは私だって寂しいよ」
食事くらい誰かと食べたいだろう?そう言うアイツはオレがいつも一人で食べてることを知らないんだろうか。
だけど、寂しいと言われればなにも言えなくなる。自分のことばかりで恋人を思いやる余裕がないのをいつも引け目に感じているから。
仕方ねぇな。
そのときもそう言った。
愛してるのはきみだけだよ。
そのときもアイツはそう言った。











それからも何度もこういう場面を目撃した。知らん顔することもあるけど、会ったときにちらりと言ったこともある。そんなときアイツは必ず眉を潜めて、面倒くさいという顔をした。口には出さなくてもわかる。鬱陶しいと思われてるんだ。

だから、オレはなにも言わなくなった。女と一緒のアイツと目が合っても、目を逸らして他人のふりをする。
アイツはそのあと、オレに会うと嬉しそうに言うんだ。嫉妬してただろう?可愛いね、きみは。
オレが黙っていたら、側に来て抱きしめて、きみだけだよとまた囁く。

「愛してるよ鋼の」

まるで呪文のように。












ふいに肩を叩かれて、驚いて振り向いた。
「よ、エド!久しぶり」
いつも泊まってる宿の息子だった。年も近いし気が合って、いつのまにか友達になった。
「いつ来たんだ?うちに泊まってんの?」
「うん。さっき着いたんだ。もう宿の晩飯は終わっちゃってるから食いに出た」
「そっかー!じゃ、ちょっといい?」
宿の息子はオレの肩に手をまわして、耳元で囁くように言った。
「今度、彼女の誕生日でさ。なに贈ればいいか悩んでんだよー」
「ああ、そうなんだ」
オレは笑顔になった。彼女って人とは何度か会ったことがある。可愛くて優しい人だった。
「いいよ、一緒に探そう」
「マジ?うわ、助かるー!悩みすぎてもうこんな時間だしさ、帰ろうかと思ってたとこだったんだよ」
友達の嬉しそうな顔を見ると、オレまで嬉しくなる。じゃあ早く、と手を引かれて、繁華街のショーウィンドウを眺めて歩いた。なにを贈ればあの可愛い人は笑ってくれるだろうか。さっきの嫌な光景を忘れさせてくれるハプニングに、オレはすっかり楽しくなった。
「指輪とかは?」
「や、ちょっと早くねぇ?それにオレ、バイトの身だしさぁ」
照れて赤くなる友達に、気持ちだから安物でいいよとオレは笑った。
「やっぱ女の子にはアクセサリーがいいんじゃねぇ?」
「そうかな。そうだなー」
そんなことを言いながら二人でウィンドウの中の指輪を眺めた。桜色の小さな石がついた指輪が目に止まって、あれなんかどうかなと指差そうとした。

その手を突然掴まれて、オレは驚いて振り向いた。

大佐が、オレの手を掴んだままオレを睨むように見つめていた。




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