小話

□きみと、このまま
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同性婚が正式に認められるようになって、半年が経つ。
いまだ世間の目は厳しく、まだ結婚したカップルはいない。

「と、いうわけでね」

ブラッドレイ大総統はにこやかに椅子に背を預けた。
対するロイは立ったまま、上司である大総統を睨むように見つめていた。


「せっかく認められたのに、利用するものがいなくては始まらん。そう思わんかね」
「それはそうですが。世間的にはまだまだ偏見もありますし」
ロイは答えながら心の中でため息をつく。軍ではわりとよくあることだし、自分には偏見はない。だが、そういう趣味はまったくなかった。正直、そんな法案などどうでもいい。それよりも、なぜ最高司令官がわざわざ自分を呼び出してそんな話をするのかがわからなくて居心地が悪かった。
「そうだな。世間の目と、それに怯えて遠慮してしまっているのが原因だろうな」
ブラッドレイは頷いて、デスクの引き出しから新聞を取り出した。同時に脇に控えていた補佐官に声をかける。補佐官は一礼して隣の部屋に通じるドアを開けた。
そこには、見慣れない子供が立っていた。
「………?誰です?」
ロイは自分を睨むように見つめる子供に戸惑いながらブラッドレイを見た。
「まだ会ったことはなかったか。この子はエドワード・エルリック。鋼の錬金術師という名は聞いたことはないかね?」
面白そうに紹介するブラッドレイに合わせて、エドワードという子供はロイに頭を下げた。
最年少で国家資格を取った天才がいると噂に聞いたことはある。
「この子が鋼の…」
珍しい金色の瞳が強く自分を見据えているのをロイは好感を持って見つめた。男にしては華奢だし可愛らしすぎるが、面構えがいい。とくにこの瞳。部下に欲しいくらいだ。
「気にいったかね?」
ブラッドレイの問いかけに、はっとしてロイは視線を司令官に戻した。ブラッドレイは楽しそうに笑いながら、手にした新聞をロイに放り投げた。
「明日の朝刊だ」
ロイはそれを受け取り、訝しげにブラッドレイを見た。読めということだろうか。
ぱさ、と新聞を開くと、一面にでかでかと自分の名前が出ているのに気づいた。慌てて記事を見る。

「………マスタング大佐、結婚………?」

同姓の大佐なんていただろうか。ロイはじっと新聞を見つめた。ロイ・マスタング大佐30歳。華々しい女性関係で有名な焔の錬金術師。うん、自分のことらしい。だが結婚なんて知らんぞ。どういうことだ。ロイが必死で紙面を追うと、相手の名前が書いてあった。

エドワード・エルリック16歳。最年少の国家錬金術師、銘は鋼。リゼンブール出身、中央司令部に籍をおき大総統直属の錬金術師として活躍中。

「はぁ?」
ロイは新聞と少年を見比べた。自分がこの子供と結婚?なんで?どうして?
「さっき言っただろう。せっかくの法律が無駄になったら困るからね。まずは勇者が先陣を切るべきだ」
そうすれば後へ続くものに勇気を与えることができよう。ブラッドレイは笑顔で言ったが、ロイは納得できない。できるはずがない。
「無理です!この子はまだ子供じゃないですか!それに男だし…」
「だから同性婚の話を最初にしただろう」
「……う、いやでも、初対面ですよ?私はこの子のことをなにも知りませんし、この子だって……」
「きみの経歴などは知らせてあるぞ」
「そんなデータとかじゃなくてですね!なぁきみ、鋼の!きみだって嫌だろう」
すがるような目でエドワードを見るが、エドワードはひょいと肩を竦めるだけでなにも言わない。
ロイは焦ってブラッドレイを見たが、混乱している頭ではうまく言葉が出てこない。
「先陣を切る勇者はなるべく知名度が高いほうがいい。きみは色々と有名だし、独身だしちょうどいいと思ってね」
この新聞が明日出れば、きみのまわりの女性達もいなくなるだろうな、と明るいブラッドレイの声がロイの脳ミソに直接攻撃を仕掛けてくる。
「式は来月に予定している。わしはこの子の後見人だから出席させてもらうよ」
「拒否は………」
「うん、そう言うだろうと思ったが」
ブラッドレイはにこにことロイを見た。
「結婚は本人同士のことだからね。わしが強制できることじゃない。うん、そこらへんは仕方ないな」
「それでは、この話は…」
「祝いに昇進をと考えていたんだがね。あと、地方に散っているきみの部下達も、呼び戻すなりなんなり……いや、まぁこれを言うとねぇ。まるでわしがきみに等価交換を言ってるみたいにとられてしまうかな」
ははは、と笑うブラッドレイの声がロイの頭にこだまする。ぐらぐら揺れる視界にちらりと映ったエドワードは、葛藤するロイをじっと見つめていた。
「だ、大総統。ちょっと、この子と話をしていいですか」

ブラッドレイの許可を得て、ロイはエドワードを引っ張って隣の部屋へ走るように入ってドアを閉めた。そこは控え室になっていて、テーブルと椅子が置いてある。ロイはそこへ子供を座らせ、その金色の瞳を覗きこんだ。
「きみ、えーと鋼の。きみはこんな話を納得しているのか?」
「……あのオッサンが頓狂なこと言い出すのはいつものことだし」
エドワードはロイの黒い瞳を見つめ返した。
「それにオレ、あいつの部下だから一応逆らえねぇもん。あんたが断ってくれるだろって思ったしな。だから早く断れ」
「……………断りたいのはやまやまなんだが」
ロイは椅子に座ってため息をついた。
「私が中央に転勤してきたとき、以前東部で私の下にいた部下はみんな散り散りになってしまっていてね。早く昇進してこちらに呼びたいと思ってたんだよ」
「…なるほど。さすがブラッドレイのオッサン、いやらしいとこ突いてくるな」
エドワードは同情するように頷いた。
「だろ?それに私が出世に貪欲なことも見抜いてる。腐っても大総統だよ。絶対食いつく餌はなにかをよく知ってる」
ロイは顔を手で覆った。昇進はしたいし部下は呼びたい。だが結婚はしたくない。どうしたらいい?



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