小話

□ずっと、きみだけ
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「オレ、大佐のこと好きかも」

頬を赤く染めて、鋼のが言った。
私は内心歓喜していた。なにしろずっとこの子が好きだったのだ。
今すぐ抱きしめたいが、生憎場所は執務室で私は書類と格闘中だった。もうすぐ中尉が次の書類を持って来るはずだし、他にもなにやらどうでもいい用事で部下の誰かが入って来ないとも限らない。
私はポケットから自宅の鍵を出した。それを鋼のに渡し、待っていてくれとだけ告げる。顔中を赤くして頷く鋼のを見て、近日中に合鍵を作って渡してやらねばと思った。もう頭の中は、鋼のと付き合って同居して、みたいな妄想が広がっていて、鋼のが退室してからも私は上機嫌だった。
それはもう大好きで、生涯初めてかもしれないほど本気の相手に、いつ告白しようかと悩んでいた矢先。まさか相手のほうから告白されるとは思わず、私の気分ははるか上空を漂っていた。
おかげでなかなか仕事は捗らず、深夜になってから慌てて帰宅した。どこかで待ち合わせをしようとか言わなくてよかった、と明かりのついた我が家を見てほっとしながら玄関を開けてリビングに行くと、おかえりなさいと明るい声がした。
が、その声はソファーから立ち上がった女のものだった。
誰だおまえは。
そう言いかけて、以前気まぐれでちょっと遊んだ女だということを思い出した。きょろきょろしたけど鋼のの姿はない。
会いに来て外で待ってたら、あなたの部下って子供が来たの。恋人だと言ったら鍵をくれたから入って待ってたわ。そう言った女の言葉に事情を飲み込んだ私は、すぐに女を追い出した。文句を言う女から鍵を取り戻し、施錠をして走り出す。彼の定宿は知っている。後ろで女が騒いでいたが、知ったことか。二度と来るなと怒鳴ってあとは必死に宿を目指した。
フロントで彼の部屋を聞くと、さっきお発ちになられましたとスーツ姿の男が澄まして言った。予定が変わったんだそうで、とかいう言葉を最後まで聞かずに私は駅に向かって走り出した。
夜行の寝台列車の窓を先頭から順に覗いていくと、真ん中あたりに鋼のがいた。私が窓を叩くと驚いた顔をする。その目のまわりが赤く腫れているのを見て胸が傷んだ。
「どうしたの?」
窓を開けた鋼のが聞く。どうしたもこうしたも。
「話があるんだ」
そう言うと、鋼のは笑った。
「もういいよ」
「よくないだろう」
「いいってば」
あれが返事だったんだろ?そう言う鋼のは泣きそうな顔で笑っていた。私が、わざわざ恋人を呼び出したと思ったらしい。鋼のからの告白に対する答えとして。
そんなバカなことするわけない。
「違う、あれは」
言い訳しようとした私の声を、出発を告げるベルがやかましく邪魔をした。
「ごめんな。それじゃ」
鋼のはそれだけ言って窓を閉めた。一瞬私も乗ろうかと思ったが、それより早く列車は動き出した。
鋼のは振り向かなかった。






それが、半年前。











鋼のから久しぶりに電話がかかったが、応対はすべて中尉がした。私にはまわさなくていいと言ったらしい。受話器を奪い取る前に切られてしまったのでどうしようもなかった。



それからしばらくして、本当に久しぶりに赤いコートが司令部に現れた。
他の連中ににこにこ笑って、この半年にあったことや行った場所を報告する彼は以前とまったく変わらなく見えた。
私のところへ来て報告書を差し出す鋼のの手も、震えるでもなく至って普通で。
「早く読んでよ」
そう言った顔もいつも通り。私は少し焦って、話があると彼に言った。
「めんどくさい話なら聞かねぇぞ」
顔をしかめてソファーに座り、足を組んでそう言う。それは以前と同じ。私に告白をくれる前の鋼のだった。
「あのときのことなんだが」
「あー?ああ、あれね」
鋼のは苦笑した。
「もう忘れてよ」
手をひらひらして私を黙らせて、鋼のは立ち上がった。
「話ってソレ?だったらオレ帰る」
「鋼の」
私は少しどころじゃなく焦った。
「私は……、私もきみが好きなんだ」
金色の瞳が真ん丸になって私を見つめた。それから、鋼のは吹き出した。
「なに、彼女とケンカでもした?それとも別れたの?」
「あれは恋人じゃない。ちょっと遊んだことがある女で、勘違いしていただけで」
やっとあのとき言えなかったことを言うと、鋼のは笑いを引っ込めて私を見た。
冷めた瞳に、冷や汗が出た。
「オレさぁ、遊びで付き合うような奴って信用できねぇんだよね」
驚いた。鋼のがそんなことを言うとは思わなかった。
遊びで云々ではなく、そういった恋愛における観念というか。そういうものが彼にあるとは思わなかったのだ。
「なんかさ、大佐ってモテすぎててそーゆうとこ鈍感になってねぇ?」
ああ、この子は半年前に頬を染めて告白してきた子とは別人なんだ。そのとき私はようやくわかった。
「悪いけどオレはパス。他の子誘いなよ。女はいくらでもいるだろ」
それじゃあな、と手をあげてさっさと去る鋼のは、明らかに告白されることに慣れていた。断ることに迷いがない。未練すら持たせてくれそうにない後ろ姿に、私は呆然とする他なかった。



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