小話

□個人授業
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柔らかい日差しが差し込む午後。
昼食のあとの授業というのは、なぜこんなに眠いんだろう。エドワードはうつらうつらしながら霞む目をなんとか見開いて教壇を見ていた。
だが、教師が語る声がまるで子守唄のようで。
頭の中で、眠っていいよと囁いているようで。
教科書に目を落とせば、すでに文字ではないなにかの羅列。教師は確かにこの羅列における要点を説明しているはずなのに、その声がなぜかお経のように間延びして聞こえてきて脳の中で反響する。
ああもうダメだ。さようなら。
エドワードは目を閉じてかくりと俯いた。

「エルリック、また昼寝か?」

間近で教師の声がして、なにかで頭をこつんとやられた。
渋々目を開けると、嫌味ったらしい笑顔を浮かべたロイ・マスタング先生が机の傍で見下ろしていた。


「オレの目蓋、上の奴と下の奴が異常に仲よくてさ。くっつきたいって言うんだよ」

ぼんやりした口調でエドワードが言うと、教室のあちこちから笑い声が聞こえた。

「仲がいいのは結構だが、今は授業中だ。あとにしろとよく言い聞かせておきなさい」

ロイはそう言ってから、また教壇に戻って行った。
後ろに座ったリンが背中をつつくのがウザい。エドワードは顔をしかめて振り向いた。

「お前ずっと注目されてたぞ」
「うるせぇな。くそ、なんでわかったんだ」
「そりゃずーっと頭が左右に揺れてたからでしょ」

リンがくすくす笑うと、その隣のエンヴィーも教科書で顔を隠して肩を震わせた。
ちぇ、もうちょっとで夢の世界に旅立てたのに。エドワードは教壇のロイを睨んだが、ロイは知らん顔で黒板に書いた字を指してなにか説明していた。
嫌な奴だよな、とエドワードは頬杖をついて窓の外に目を移した。
いつも必ず、見てないようでこっちを見てる。昼寝もおやつもメールも落書きも、こいつにだけはバレなかったためしがない。

「外になにか面白いものでもあったか?」

ほら。
教壇に目を戻すと、すかした笑顔がこっちを見てた。

「別に」

オレが答えると、またエンヴィーが笑いを堪えて肩をぶるぶるさせていた。そんなに震えたいならあとで取って置きの学校の怪談を耳の傍で語ってやる。覚えてろ。

ノロノロと進む時計を眺めながら、あとは欠伸を噛み殺して終了のチャイムを待ち続けた。







「ウゼぇってばマジ。なんであんなにあいつ鋭いんだよ!」

駅前のマックでポテトを頬張りながら、エドワードはひたすらぶつぶつ愚痴を溢し続けた。
聞いているのはリンとエンヴィーと、隣のクラスのウィンリィ。すでに相槌を打つのも飽きて、全員ただ聞き流しているだけだ。

「鋭いっつぅか、絶対こっち見てやがんだよな。なんでかな。オレそんなわかりやすい?」

話を振られてリンは頷いた。

「他はともかく居眠りはね。左右にかっくんかっくん、揺れっぱなしだもんな」

船を漕ぐ、とはよく言った喩えだよなーとリンとエンヴィーが顔を見合わせて笑う。

「でもよー、他の先生はそんなにいつもこっち見てないよな。まぁホークアイ先生のときは居眠りとかする余裕ないからともかく。ヒューズ先生の古文なんかオレたいがい寝てんぞ」
「ヒューズ先生はまぁ、誰が寝てても気にしないから」

エンヴィーがコーラをちびちび飲みながら言った。

「けど、マスタング先生はなんかお前ばっか集中的だよなー」

それまでチーズバーガーを齧るのに忙しかったウィンリィがいきなりにやっと笑った。

「エドったら、目つけられてるんじゃないの?」
「えー?なんでだよ」
「授業態度が悪いからよ。だから注目されてんのよきっと」

エドワードは考えこんだ。マスタング先生になにか言ったりしたりした覚えはない。てか個人的に話をしたこともないのだ。会話といえば授業中の「じゃこの問題解いてみて、エルリック」「はい先生、わかりません」くらいなもんだ。
思い当たることはまったくない。が、こうも毎回注意をされると、やっぱり個人的になにかあるのかと思ってしまう。

「………なんも覚えがねぇ。オレなんかやったっけ?」

みんな顔を見合わせて肩を竦める。知るかよそんなん、という意味だ。

エドワードは原因を探すのは諦めた。では解決策を練るか。どうすれば注目されずにすむのだろう。
口に出して言ってみたが、居眠りせずちゃんと授業に集中すればいいんじゃないかと当たり前な答えが返ってきたので黙った。

要はみんな、面白がるだけの他人事なのだ。エドワードだけに集中攻撃が行く間は他の連中は安心していられる。
オレは孤独だ。エドワードは食べかけのビッグマックを見つめてため息をついた。一人でなんとかするしかない。



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