小話

□今日からよろしく
1ページ/12ページ


面倒なことになった。

ロイは足を組んで椅子にもたれて、ため息をついた。

「大佐、ため息をつくと幸せが逃げるって言いますよ」

冷やかすようにハボックが笑った。それをじろりと睨んで、ロイは今度はデスクに乗り出して頬杖をついた。
そしてまたため息。

「私もお前みたいな十人並に生まれればよかった。そしたらこんな苦労はしなかったのに」
「なんですそれ。嫌味ですか」

タバコに火をつけながら文句を言うハボックに、もう言い返す気力もなくロイは黙りこんだ。

「大佐、落ち込んでいても仕方ありません。なにか解決策を考えましょう」

ホークアイが3人分のコーヒーを持ってきてテーブルに置いて、そのテーブルの端に置いたままの封筒を見て眉をひそめた。



セントラルの将軍の娘がロイを見初めて、父親に泣きついて交際したいと駄々をこねた。それはよくあることだったが、今回は今までのように簡単には解決しなかった。
いくら断っても諦めない娘とその娘を異常に可愛がる将軍は、すでにロイを婿に迎えるという話まで吹聴している。将軍の娘との縁談をロイが断りきれるはずがないと踏んで、毎日のように口実を作っては招待状を送ってきていて、ロイはノイローゼ手前まで追い詰められていた。
封筒はその招待状だ。ロイはもう開けて見るのも嫌だった。

「いいじゃないスか、偉いさんの娘なら。出世のとっかかりになるじゃないスか」

呑気に笑ってハボックは早速コーヒーに手を伸ばした。

「私は出世に女性を使うようなことはしないぞ」

嫌な顔でロイが呟いた。

「上に登りたいなら実力で登る。だいたい好きでもない女性と結婚など、あとの長い人生が真っ暗になるじゃないか」
「そーなんスか?いや、大佐なら手段なんて選ばねぇかと思ってた」

失礼なことをさらりと言うハボックを横目で睨み、ロイは手のひらをそっちに差し出した。

「なんスか」
「コーヒー」
「自分で取りにくれば?」
「歩く気力がない」

なんだよそれ、と文句を言いながらハボックがコーヒーの入ったカップをロイに乱暴に手渡した。

「あんたみたいな無精モンは、早いとこ結婚しちゃったほうがいいと思いますがねぇ。どーせ家も散らかり放題でしょ」
「お前の部屋よりマシだ」

ぼんやりとコーヒーを啜る上司に、ホークアイが突然笑いかけた。

「そう、それ。その手で断るのはどうですか」
「その手ってどの手だ?」

ロイはカップを持つ自分の手を眺めた。ホークアイはつかつか近寄って違いますとカップを取り上げた。

「結婚は嘘がバレるから、同棲はどうですか。恋人がいて同棲していて結婚する予定ですと言えば、向こうもどうしようもないでしょう」
「同棲………いや、そんな相手はいないし、向こうだってそんなこと聞いたら調べるだろう。すぐバレないか?」
「だから、とりあえずしばらく同棲しちゃうんですよ。実際に一緒に住んでることを向こうが調べて、諦めたらやめればいいわ」
「……………ふむ」

ロイはしばらく考えこんだ。確かにいい手かもしれないが、一緒に住むとなると誰にでも気軽に頼むわけにはいかない。付き合いのある女性は何人かいるが、そんなことを頼むほど思い入れのある女性はいなかった。

「誰に頼むんだ、そんな役。フリでも一緒にしばらく暮らすとなると、誰でもいいというわけにはいかないぞ」

ホークアイは天井を見つめて考えこんだ。
ハボックが横から面白そうにその横顔を眺めて、またタバコに火をつけた。

「中尉がやったらどうですか?家でも仕事させることができて一石二鳥じゃないスか」
「嫌よ」

ホークアイはハボックを睨んで即答して、来客用のソファに座った。

「プライベートでも大佐のお守りはごめんだわ。それに向こうも私のことは知ってるし、嘘だとすぐわかっちゃうわよ」

お守りという言葉になんとなく傷ついたロイがデスクに突っ伏してしまったのを見て、ハボックが笑った。それを横目で睨んだロイは、ふとその向こうの書棚に目をとめた。

「そういや中尉、新入りはどうした?」

コーヒーのカップを口元の高さまであげたままホークアイは振り返って上司を見た。

「昨日、大佐がお休みでしたから今日の夕方こちらに来るように伝えました。多分今頃は官舎で荷物でも片付けている頃かと」
「そうか。まぁどっちでもいい。どうせ男だしな」

ロイは興味を失って、先ほどホークアイに取り上げられてデスクの端に置かれたカップを引き寄せた。

「ボインなねーちゃんなら大歓迎なんスけどね」

ハボックもたいして興味はないらしい。ホークアイは肩を竦めてコーヒーを一口飲んだ。
そして勢いよくまた振り返った。

「大佐、新入りの書類はごらんになりましたか?」
「いや。来てから見てもいいだろう。確か少尉だったな?」

ハボックと一緒に雑用でもさせるかと呟くロイにハボックが抗議しようと口を開きかけたが、ホークアイが立ち上がって書棚に向かったので思わずそっちを見た。
ホークアイは書棚からファイルを取り出すと、パラパラめくって一枚の書類を出した。

「これが新入りです。まだ学校出たてで経験はありませんが、成績は優秀です」
「あ、そう」

ロイはそちらを見ることもなくコーヒーをちびちび飲んでいる。
ホークアイは書類をロイの鼻先につきつけた。

「写真をごらんください。結構整った顔してません?」
「はぁ?」

ロイがようやく書類に目を向けた。ハボックも隣に来て一緒に覗きこむ。
写真は書類用の小さなもので、緊張しているらしく固い表情の青年が写っていた。

「………まぁ確かに整った顔と言えなくもないな」
「可愛いスね。けど、写真の出来が悪くてはっきりとわかんねぇや」

口々に感想を述べるロイとハボックに、ホークアイがにっこり笑って言った。

「同棲の相手役はこの新入りくんに頼みましょう」



.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ