小話

□さよならの向こう側
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「こうして会うのは、これで終わりにしよう」

いきなりそう言われて、理解するのに時間がかかった。

セントラルのホテルで、用事がすんで身支度しているところだった。まだ濡れたままの髪を拭くのも忘れて、オレは目を丸くしてつっ立っていた。
て言っても服はもう着てる。アルのところに帰るまでに髪は乾くから、いつもほとんど拭かないままだ。最後にちょっと拭く程度。
そのためのタオルを、棚から出したとこだった。

「人目を避けてこっそり会うのは、君も疲れるだろう。もう終わりにしよう。そのほうがお互いのためだ」

大佐はオレじゃなく、出口であるドアに向かって話していた。
心理学の本に書いてあったな。人が無意識にドアを見るのは、そこからなにかが来るのを恐れているときとそこから早く出て行きたいときだって。
大佐はどっちなんだろう。
多分両方。人にこの関係を知られてマズいのは大佐のほうだし、だから早くここを出て知らん顔をしたいはずだ。
最初はあんたからだったのに。ちょっと勝手じゃない?
言いたいけど、恨み言なんて言うとしつっこいとか思われそうで。ていうかオレ、縋りついて泣いたりとかするほど大佐のこと好きなわけじゃない。こいつの執拗な誘いに流されただけだ。

だから、口から出た言葉はひとつだけだった。

「あ、そう」

一年続いた関係が、それで終わった。




オレと大佐が付き合ってるなんて誰も知らない。気づかれないようにずいぶん気をつけたつもりだ。
例えば軍本部や街なかで、たまたま二人きりになったときでも。
それっぽい言動はまったく、気配にも出さなかった。いつどこから誰が見たり聞いたりしているかわからないからだ。
こっそり交わす合図や、すれ違いざまに手に握らされる小さなメモとかで、オレたちは待ち合わせるホテルを決めて偽名で入った。
泊まったりはしない。大佐は仕事があるし、オレはアルが待っている。いつも、用事がすんだらさっさとシャワーを浴びて身支度をして、短い挨拶だけで別れた。別々に、時間をあけて部屋を出るほどの慎重さで。


オレの返事を聞いて、大佐は詰めていたらしい息を吐いた。
それじゃ、また。そう言って先に部屋を出て行く後ろ姿を見送って、オレは初めて、そういや好きとかなんとか、そんな恋人らしいことを言われたこともなかったなと気がついた。

大佐はオレを好きだったんだろうか。
いまさら聞くのも、と思ってオレは声をかけなかった。大佐が出てから30分待って、ゆっくりとホテルを出てアルが待つ宿に向かった。その間もずっとさっきの疑問が頭にこびりついて離れなかったが、もう確かめることはできない。大佐とオレは別れたんだ。そんな話はしても意味がない。


そのときになって初めて、オレは大佐が好きになってたんだと気がついた。

気づかなきゃよかった。今になって。

オレは夜道を歩きながら、誰もいないのをいいことにして涙をぼろぼろ流した。
アルに見られる前に止めればいいや。そう思ったから流れるに任せて歩き続けた。

失恋したんだ。泣いてなにが悪い。ふられたんだから仕方ないじゃないか。

そんなふうにして、オレの初恋はあっさり終わった。
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