小話

□ほんまそれ、ていう
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とある日の昼下がり。
執務室に行くと、いつものように大佐が仕事をしていた。
「はい、報告書」
書類を差し出して、用事はすんだとばかりに退室しようと踵を返すオレ。
そのオレを、妙に真面目な顔で見つめた大佐が。

「鋼の。……別れよう」

「…………は?」

一瞬動きが止まった。
振り向いて大佐を見る。今の言葉は、いったい。

「………いま、なんて?」

「別れよう、と言ったんだが」

「…………………」

停止しかけた頭を無理やり稼働させて、考える。
今オレ、もしかして別れ話をされてんの?
修羅場?
なんで?

けれど口から言葉は出てこない。呆けたみたいに大佐を見つめ、とりあえず頷くしか。

「……………わかった。じゃ、オレ帰る」

そのままダッシュで執務室を飛び出した。後ろで大佐がなにか言っているのが聞こえたけど、無視。

走って走って、外に出る。中庭ではアルがブラハと遊んでいるところで、飛び出てきたオレを見てびっくりした声をあげた。
「兄さん、どうしたの?なんかあった?」
「行こう」
「え?」
「いいから早く!」
鋼鉄の腕をぐいぐい引っ張って、門から外へ。司令部の敷地から出たことで、ようやくオレはほっと息をつくことができた。
「いったいどうしたのさ。ちゃんと報告書は出したの?」
不審そうなアルの言葉に、さっきの大佐を思い出してしまう。
「………出した」
「ほんとに?じゃなんでそんな、逃げ出すみたいなことすんの?」
「……………それは」
言っていいものだろうか。
でもこんなこと、他の誰にも言えない。

「…………大佐が、」

「大佐が、なに?」

「………………」

その先を言うには勇気が要る。
だが、言わなければ弟は納得しない。最悪、首根っこぶら下げられてまた司令部に連れて行かれてしまうかもしれない。
それは嫌だ。もう大佐に会いたくない。

「…………誰にも言うなよ」

「話によるけど」

「いいから言うな!絶対だぞ!」

「…………わかった」

肩を竦めて呆れた気配の弟を見据え、オレは声を潜めた。

「別れようって言われた」

「………へ?」

「だから、別れ話だよ。大佐が、オレと、別れるって」

弟は少しの間考えこみ、それから探るような気配をこっちに向ける。
「………………兄さん、大佐と付き合ってたの?」

「…………そんな覚えはまったくねぇ」

「わけわかんないよ」

「オレもだ」

付き合ってもない相手と別れるなんて、できるのか?
オレたちは、二人して頭を抱えて路地に踞った。






「エイプリルフールですか」
ホークアイの呆れたような視線も無視して、ロイは窓の外を見つめていた。
「そう。大概の嘘ではすぐ見破られてしまうから、ちょっと思いきってみたんだが」
「思いきりがよすぎて悪趣味の域に達してませんか」
「鋼のが別れたくないとすがってきたら、嘘だよって言うつもりだったんだ!まさか逃げてしまうなんて…そんなにショックだったのか」
可哀想なことをした、すぐに探して安心させてやらなければ、と立ち上がる上司の前に決裁待ちの書類を差し出して脱走を阻止し、ホークアイは怪訝そうな顔でロイを見た。
「お付き合いなさっているのなら酷い嘘だと思いますが………大佐、いつからエドワードくんと付き合ってるんですか?」
「え?そりゃ、ずいぶん前からだよ」
ロイは当然と言いたげに頷いた。
「告白したし何度もデートして、私の自宅に招待もした。まぁ彼の場合は事情が事情だから、弟も一緒なことが多かったが。プロポーズだってちゃんと……」
「エドワードくんから、返事は貰ったのでしょうか?」
「え?いや……返事は…」
そういえば、と悩み始めるロイに、ホークアイがため息をついた。
「またごはんに一緒に行ったとか文献で釣って連れて帰ったとかのどうでもいい事実を都合よくねじ曲げて思いこみした上に、妄想というスパイスで仕上げをなさったわけですね」
「妄想って!いや、私は」
「ちゃんと付き合っているなら、エドワードくんが私に言わないはずがありません」
「………………」
「付き合ってもいないうちから別れ話とか、頭がおかしいと思われたならまだマシなほうですわね」
「マシ、って」
「エドワードくんは付き合う以前ですでに大佐にふられたわけですから。この先、大佐がどう言おうとエドワードくんは大佐とお付き合いすることは絶対にないということです」
「そっそんな!」
絶望の表情になるロイに、ホークアイはあくまで冷静。
「ご自分で建てたフラグをご自分でへし折られたんですから、自業自得というものです」
「……………鋼の!」
叫ぶと同時にデスクを飛び越えて風のように消えた上司を見送って、ホークアイはまたため息をついた。
「……バカじゃないかと思ってたけど、本当にバカだったのね……」





そんな会話があったとは知らないオレは、アルを急かして駅へ飛び込み、ちょうど到着した汽車に乗った。
「絶対大佐、頭おかしい。本気で。とにかく刺激しないように、当分イーストには近づかないことにしよう」
「うーん……思いこみが激しい人だから、なんか勘違いしてるんじゃない?兄さん、ちゃんと話をしてきたほうが」
「アホ!そんなことしてまた変なこと言い出されたら、オレどんなリアクションすりゃいいんだよ!さっきなんか固まっちまって、なんも言えなかったんだぞ!」
「なんでやねん、て言えば?」
「それこそなんでやねん!」
ずびし、とツッコミを入れたところで、やっと汽車が動き出す。
同時に、なんか遠くから聞き覚えのある声が。

「鋼のー、誤解なんだ!待ってくれ話を聞いてくれぇぇぇ」

「あ、大佐だ」
「バカアル!隠れろよ、見つかっちまうだろ!」
「ちょ、やめてよ!頭とれちゃうよ!」
兜についた房飾りをぐいぐい引っ張ってみる。が、無理だ。こんなでかい鎧、隠せるわけがない。くそぅ、もっとちっさい物に定着させればよかった。鉛筆とか。
「削られてなくなっちゃうでしょー!」
オレの呟きに反応したアルの声に、思わず削ろうとするたびに悲鳴をあげる鉛筆を想像する。面白くねぇか?それ。
「全然面白くないよ!ホラーじゃんか!」
やばい、怯えたアルの声が大きかったらしい。大佐がこっちを見る。
汽車はまだ加速を始めたばかり。急げ汽車。頑張れ汽車。
「鋼の!」
駆けよってくる大佐から逃げるため、椅子の下に潜ろうと。
すると、体がふわりと宙に浮いた。
「はい大佐、パス!」
そのまんま窓から外へ放り投げられたオレは、走ってきた大佐にしっかりとキャッチされてしまった。
「てめぇアル!降りろコノヤロ!」
「ひとの話はちゃんと聞くものだよ兄さん!」
鉛筆話を根にもったのか、薄情にも手を振るアルを乗せた汽車は、オレを置いてきぼりにして行ってしまった。

「………鋼の」
受け止めた体勢のまま、オレをお姫様抱っこした大佐が真剣な顔で言う。
「まず、謝らせてくれ。別れたいなんて、まったく全然ちっとも思ってないんだ」
別れなきゃならない関係になった覚えも、まったく全然ちっともないんだけど。
「……はぁ、そうですか」
「なぜいきなり敬語なんだ」
あんたを刺激したくないからだよ。
「特に理由はありません」
「まぁいい。それより、話を聞いてくれないか」
頭のおかしな人のおかしな話は聞きたくねぇ。
「嫌です」
「そこをなんとか」
「嫌です、ってもう歩き出してるし!どこ行くんだよ!」
「とにかく話をさせてくれ。誤解なんだ、鋼の」


大佐の家に連れて行かれたオレは、そこでカレンダーを見せられて初めて今日がエイプリルフールだということに気がついた。

しょんぼりする大佐があんまりにもしょんぼりしきっていたため、怒ることもできずに。

「話はわかった。けど、これからはいくらエイプリルフールだからってああいう嘘はなしにしてくれよ」
本気で怖かったんだからな、と言うと、大佐は嬉しそうに頷いた。
「悪かった、鋼の。もう嘘でもあんなこと言わないよ」
抱きしめられて、慌てて違うと言ったけど無駄だった。

別れるのが怖かったんじゃなくて。
本当に本気で大佐の頭がおかしくなったと思って、それが怖かったんだけど。


とりあえず反省はしたらしく、それ以降のエイプリルフールでは大佐は二度と嘘をつこうとはしなかった。

なんで知ってるかって。

それ以降もずっと、一緒にいるからなんだけど。

別れ話よりそっちのほうが、よほど嘘みたいで不思議な話だなぁ、なんて。

毎年、エイプリルフールがくるたびに、しみじみ考えてしまうのだった。




END,

なんかうまく書けない。
意味わかんないとこあったら言ってください…

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