小話

□朝の風景
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鳴り響く目覚ましを止め、ベッドから抜け出した。外はようやく明るくなり始めた頃で、柔らかな朝の光が寝室に降り注いでいる。
パジャマを脱いで着替えながら、今抜け出したばかりのベッドをちらりと見た。毛布から覗く黒髪は、まったく動く気配を見せない。
「……死んでねぇよな」
ちょっと心配になって、少しだけ毛布をめくってみる。なんだかやけに幸せそうな顔の大佐が、すやすやと眠っていた。

キッチンに行って朝食の支度をする。と言ってもオレはあんまり料理が得意じゃないので、卵とベーコンを焼いてコーヒーを淹れる程度だ。
それからパンを切ってトースターに突っ込み、準備は終わり。

さぁ、戦闘開始。

「あっさだぞー!起きろぉぉぉ!」
寝室のドアを勢いよく開けると同時に怒鳴る。
ベッドの上の毛布のかたまりは微動だにしない。
「朝だっつーの!起きろ!遅刻すんぞ!」
ゆさゆさ揺すってみる。
もぞもぞと動いた大佐は、目も開けないまま体勢だけ変えてまた丸くなる。
「もうちょっと…」
「ダメ!ほら、起きろって!」
毛布を引っ張るが、重い。大佐がしがみついてるせいだ。
「てめぇ、ガキじゃねぇんだからしがみつくなよ!毛布離せ!」
「いやだ。寒い」
「甘えんな!おら、離せっつーの!」
「私を凍死させる気か」
「オレは生きてるぞ」
「鋼のは子供体温だからだ。大人は死ぬんだよ」
「誰がなんだって!?アホなこと言ってねぇで、起きて支度しろってば!」
ぐいぐい引っ張り、毛布からびりびりと不吉な音がし始めた頃、やっとでオレは大佐からそれを取り上げた。部屋の隅に放り、シーツだけになったベッドで胎児のポーズをとるオッサンに軍服を投げつける。
「裸で寝るから寒いんだよ!なんか着て寝ろ!」
「きみの体温があるから寒くないんだよ。服を着たらそれを感じられなくなるじゃないか」
「服を着ればそんなもん感じなくても寒くねぇだろ!」
「せっかくきみが側にいるのに、それを全身で感じられないのはもったいないだろう」
「そういう問題じゃなくて!つかそんだけ口が回るんならもう目ぇ覚めてんだろ!起きろ!」
「もうちょっと…」
毎朝こうだ。もうちょっと、もうちょっとって。最初の頃は起きるまで待ってたけど、そのせいで遅刻が増えてオレが中尉に叱られたんだ。なにがなんでも起きてもらわなきゃ。だって中尉怒ると怖い。
「いい加減起きろコラァ!」
怒鳴ると同時に、シーツを力いっぱい引っ張った。大佐がベッドの向こうにぶっ飛んでいく。
どさ、と鈍い音がして、床に落ちた大佐はようやく体を起こした。
「………………」
無言で睨まれる。
「………………」
無言で睨み返す。そして床に落ちた軍服を拾い集め、無言で突きつける。
嫌々ながら受け取った大佐が、それを身につけながら聞こえよがしにため息をひとつ。
「………鋼のの起こし方には、愛がない」
「はぁぁぁ!?」
愛って。今それ関係あんの?
いやいや待て待て。オレはもうガキじゃない。こんな、寝ぼけたオッサンのタワゴトにいちいち反応するような、そんな歳はもうとっくに過ぎた。
深呼吸をひとつ。
それからくるりと向きを変え、開けっぱなしのドアから廊下に出るために足を踏み出す。
「あの可愛かった鋼のはどこに行ったんだ。この起こし方には悪意すら感じるぞ」
まだなんか言ってる。
ひきつる頬を必死でなだめる。トースターで待機しているパンを早く焼かなくては。
「新婚さんなんだから、あなた朝よ起きて頂戴とか言って微笑みながらカーテンを優しく開けるとかくらいしてくれてもいいのに」
「…てめぇ寝ぼけるのも大概にしやがれ!」
大人の対応?そんなん知るか。ガキで結構、こいつのほうがオレよかよっぽどガキだ。
つか以前やったら朝日が眩しくて灰になるとか言って毛布にもぐりこんで出て来なかったくせに。いつから吸血鬼になったんだよ、って喧嘩になったの忘れたんかよ。

険悪な雰囲気でキッチンに行き、口喧嘩をしながら朝食をすませ、睨み合いをしてから大佐を送り出す。

毎朝の日課が、それ。

「問題あるんじゃない?」
土産のケーキを自ら頬張り、ウインリィが呆れたような顔をする。
「なにがだよ」
「その起こし方よ。子供を起こすお母さんじゃないんだから」
「ウインリィ、いくらお母さんだって子供をベッドから放り投げたりしないと思うよ」
ウインリィの隣でコーヒーを飲んでいたアルが肩を竦めた。
「だってよ、そこまでしねぇと起きねぇんだもんよ」
膨れるオレに、二人が揃ってため息をつく。
「まぁ兄さんだからね…いかにもな新婚さんは期待してなかったけど、そこまでとは」
「わかってないわねぇ、エド。マスタングさんが求めているのは、そういうことじゃないのよ」
訳知り顔で口々に言う二人。そういうことじゃないって、じゃあどういうことなんだよ。
「起こし方ひとつにも、愛情を込めてくれってことでしょ?ベッドから放り投げるとか、愛情の欠片も見えないわ」
愛がないとは言われた。
だが、あいつが求めるのはそれかもしれないが、オレが求めているのは迅速な起床と身支度だ。なのにあんだけゴネられちゃ、放り投げたくもなるじゃないか。
「いやいや兄さん、投げたらダメだよ投げたら」
アルが首を振る。じゃあお前が起こしてみろよ。あの寝汚さを見たら、誰だって投げたくなるに決まってる。

とにかく、考えてみろ。
そう言って二人は帰って行った。

『もしかしたらマスタングさん、エドが愛情込めた起こし方をしてくれるのを期待してるのかもよ』

ウインリィは夢を見すぎだ。あいつが考えてるのはオレの起こし方じゃなく、いかにして一分でも長く寝るかってことだけだ。

でも。

確かに、まぁ。
ベッドから放り投げられるというのは、朝の爽やかな目覚めとは遠いところにあるかもしれない。




翌朝。

臨戦体制を整えたオレは、寝室へと入った。
ベッドに近寄って、覗いてみる。大佐はオレがいなくなったからか、代わりに毛布を抱きしめて眠っていた。
「うーん…鋼の、もうちょっとそこを…」
なにか夢を見ているらしい。
「ああ、気持ちいいよ。もっと続けて…」
なんの夢を見てるんだ。
「鋼の、きみはやっぱり最高に素敵だよ……だから、もうちょっと…」
…………。
いやほんと、なんの夢だよ。ちょ、ここ年齢制限ないんだけど。大丈夫なのか。
「んー…鋼の、愛してるからもう少しだけ…そう、そこ。いやもう少し上…」
上?
「あ、そこそこ。ずっと痒かったんだ…うん、もう少し掻いて…」
………よしわかった。皮が剥けるまで掻いてやるから背中出せ。
つか紛らわしい夢見てんじゃねぇよオッサン。オレ、余計な想像しちゃったじゃんか。
「…………こほん」
気を取り直して。

では。

「………大佐」

無反応。
しかし想定内だ。

「大佐、朝だよ」

瞼がぴくりとする。

「大佐?」

耳もとで言うと、大佐が目を閉じたままこちらを向く。

よし、ここで一発。

ちゅ。

思いきって、唇にキス。

大佐は一気に目を全開にした。

「は、鋼の?」

「起きたかよ」

ほっと息をついた。かなり恥ずかしい。顔が赤くなってる気がする。

「朝だぞ。ほら、とっとと着替えねぇと時間が」

そこまでしか言えなかった。
なんでって、いきなりベッドに引きずりこまれたからだ。

「た、大佐!なにすんだよ、遅刻…」

「そんなことはどうでもいい。きみからのキスなんて滅多にないのに、ここで応えなきゃ男じゃないだろう」

「どうでもよくねぇよ!もう時間がねぇん、……」

あとは口を塞がれて、なんも言えなくて。

これはしてはいけない起こし方だったんだと、理解したときには遅かった。



「………おはよ、少尉」
「はよ。…って大将、なにがあった。家ん中に台風でも来たか?」
ぼっさぼさの頭と掠れた声。半分しか開かない目。
迎えに来たハボック少尉が驚くのを無視した大佐が、オレの頭を撫でて頬にキスをした。
「行って来るよ、鋼の。今日は早く帰るからね」
「……いや、遅くていい」
「ははは、照れ屋さんだな鋼のは」
上機嫌な大佐は、オレを気にして振り向きながら歩く少尉を連れて、車に乗り込んだ。

何度も手を振り、笑顔で去っていく大佐を見送って、オレは疲れた体を寝室へと運ぶ。

ベッドに倒れこみ、襲ってくる睡魔に身を任せながら考えた。

やっぱり、愛情を込めた起こし方なんてオレには無理だった。
明日からはまた、ベッドから放り投げることにしよう。うん、絶対そうしよう。それでも起きなきゃ踏むか殴るかすればいい。そのほうが絶対いい。

「つーか…なんでこんなことで悩まなきゃなんねぇの、オレ……」

眠りに落ちる直前の小さな独り言は、誰にも聞いてもらえることなく消えていった。






END,

いまいち。
久しぶりだからか、オチのつけどころが微妙すぎる感じ。

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