小話

□夢の中の恋
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夢を、毎晩見る。

ガキの頃からずっとだ。覚えてる限りの昔から、ずっと同じ夢を見ている。

夢の中のオレは、ほんとのオレと同じく金髪と金瞳。ひとつ下の弟と、優しい母親と、可愛い幼なじみがいた。

見るたびに少しずつストーリーが進んでいく夢の中で、やがてオレは母親を亡くし、弟と二人で暮らすようになった。たくさん本を読んで、なにか勉強しているようだ。無声映画のような夢には音は一切なく、声はまったく聞こえなくて。

現実のオレは一人っ子で、両親ともに健在。高校に通っていて、バイクの免許がほしいななんて思いながらもCDやら服やらに小遣いを使い果たしたりしている、普通のガキだ。
金髪、金瞳。これがどこからの遺伝なんだか、皆目わからない。ひどく珍しいらしいが、気にしたことはなかった。

夢がぼやけた日。なぜだか、とても悲しくて辛い気持ちになった。苦しくて痛くて、目を覚ましたいのに覚めなくて。
そのあとの夢では、どうしたことか弟はでかい鎧になってオレは片手と片足がなくなっていた。
事故にでもあったのだろうか。でも、鎧の説明がつかない。弟の鎧はでっかい鉄製で、中身はがらんどうだった。
それでも弟は優しくて、前と変わらず明るかった。なので、オレは気にしないことにした。鎧だろうが中身が空っぽだろうが、弟は弟だ。オレは車椅子に乗って、弟の介護を受けながら生活していた。

そこへ、あいつが来た。
着ているものが軍服だと、オレはなぜわかったのだろう。夢の中は異世界で、現実のオレはそこへ行ったこともなければなにかで見たことすらないのに。
けれど、あいつは軍人だった。多分夢のオレが知っていたからオレもわかったんだと思う。軍人で、しかも結構高い地位にいた。
あいつはなにかを怒鳴り、話をして帰っていった。その背中を見つめながら、夢のオレは残った片手を握りしめていた。

あとの夢は、主に旅行だ。オレは弟と二人で旅をしているようだった。
知らない街、知らない景色。電車ではなく汽車に乗り、汚い宿をとったり野宿をしたりした。実際にはオレは修学旅行くらいしか旅をした経験はなくて、忙しい両親とどこかへ行ったこともない。だから、その夢はとても楽しかった。
マンガのヒーローみたいな不思議な術を使うオレは、強盗やテロリストとよく戦っていた。弟も鎧のくせに素早くて強くて、やっぱり不思議な術が使えた。二人でかかれば敵なんていないんじゃないかと、オレは目が覚めたあとも高揚した気分で考えたりした。

その時々に、あいつが出てきた。
嫌味な笑顔。自信満々な態度。大人のあいつはいつもオレを子供扱いしていて、オレはそれがすごく嫌だった。

憧れていたんだ。
大きな背中と、それについていくあいつの部下たちを見ながら。
いつか自分もそうなりたいと、憧れた。

それが恋心になったのは、いつからだったんだろう。

夢の中であいつと会うたび、目覚めてからもドキドキしていた。差しのべられる手や、優しい黒い瞳が好きで好きで。
髪を撫でられる感触が残っているような気がして、つい頭に手をやったりした。

あいつに恋をして、しばらくして。
夢の中は大変なことになっていた。
音がないのだから、詳しい事情は全然わからない。けど、オレは人間じゃない生き物と戦わなくてはならなくなった。その敵は強くて、あいつも怪我をしたりした。共闘していたようだけど、基本あいつとは別行動で戦っていたオレは、あいつが心配でしょうがなかった。生きているだろうか。また怪我をしてないだろうか。自分だって死にそうな怪我をして入院したりもしたくせに。

現実では到底起こり得ない事件に、ああこれはやっぱり夢なんだと実感した。

同時に、悲しくなった。

だって、それはあいつが夢の世界にしかいないってことだから。
この現実世界の中でいくら探しても、どこにもいないってことだから。

ある日、夢の中でオレは電話をかけるためにあいつにお金を借りた。
持ってなかったのか、小銭がなかったのか。それはオレにはよくわからない。携帯に馴染んだオレは公衆電話を使ったことがなくて、夢のオレが小銭を入れて番号を回すのを珍しく思いながら見つめていた。

借りた小銭は、520センズ。
そんなお金の単位は知らない。ドルかユーロか、円。そのどれに近いんだろう。520セントくらいなら財布にあるけど、520ドルはちょっと持ってない。

あいつにそれを返す暇もなく、オレはまた汽車に乗った。

それからも、夢は目まぐるしく展開した。負けそうになりながらも、オレと弟は死線を潜り抜けて生き延びる。
一体なにを目指しているんだろう。無気力な学生生活を送るオレには、そこまでして手に入れたいものがあるというのが理解できない。けれどオレたち兄弟は確かになにかを求めていて、戦いに勝って生き抜くことでそれを手にしようと必死にあがいていた。

決戦。死闘。

目覚めたあとも、オレの胸はまだ動悸が治まってなかった。

勝った。
生き延びた。
そして弟は人間に戻り、オレの右手も元に戻った。

あいつは戦いを見ていた。
援護もしてくれたようだったけど、あまり思い出せない。

ただ、ひとこと。

聞いたことはないはずなのに。
オレの名前とは違う言葉だったのに、あいつがオレを呼んだとわかった。

その声と響きは、学校へ行っても放課後に友達と遊んでいても、消えることなく頭に残っていた。

その後の夢は、なんていうか。
言葉にするのも照れ臭くなるような展開だった。
戦いを終えて故郷に帰り、また旅に出たオレを、あいつが呼び出した。
それから、指輪を渡されて。
抱きしめられて、キスまでされて。

声は聞こえないのに、あいつの心はオレにそのまま伝わってきた。

愛してる。
だから、どこにも行かないでくれ。

オレの旅はそこで終わった。そのあとはあいつと一緒の、平和な生活。

それから、夢は少しずつ見なくなっていった。

幸せそうな夢の中の自分を、あまり見たくないと思ったからかもしれない。

夢の中では左手の薬指にはまっている指輪が、目覚めたらどこにもない。
一緒に眠ったはずのあいつも、もちろんいない。殺風景な自分の部屋のシングルベッドには、自分だけ。

それが辛くて、見たくなかった。嫉妬したんだ、夢の自分に。

だって、抱きしめられるのもキスをされるのも夢の中だけなんだ。
現実にあいつはいない。愛してもらえるのは、夢の中のオレだけだ。




ほとんど夢を見なくなって、オレはほっとした。
あれほど楽しみだった夢は、今では苦痛なだけだった。何年経っても新婚さんを地でいくラブラブっぷりには、苛々を通り越して落ち込むばかりで。

ため息を零して、地下鉄のホームで電車を待った。下品な落書きで彩られた壁にもたれて、ヘッドフォンから聞こえる音楽でへこんだ気分を誤魔化して、そろそろかなと電車の来る方向を見る。

夕方のラッシュで、ホームは人で溢れかえっていた。

それを眺めるオレの目に、ひとりの男が映る。
サラリーマン風の、上等だとわかる背広を着た男。

そいつもこっちを振り向いた。

目が合った瞬間。

「……………はがねの、」

呟くみたいな声が、はっきりと聞こえた。
音楽と喧騒でうるさかった周囲の音が、いきなり消える。

オレはそいつに近寄った。
そいつはオレを見下ろして、戸惑ったような顔になった。
「……いや、すまん。夢で、きみとよく似た人を見て………」
オレはポケットから財布を出した。札はないけど、小銭だけはたくさんある。
そこから何枚か選び出し、そいつに向かって差し出した。

「………金、結局返してねぇだろ。センズじゃなくて、セントだけど」

「…………………」

そいつは目を丸くしてオレを見つめた。

黒い瞳。

夢の中の、大好きだったあいつ。

「…………鋼の」

「会いたかったよ、大佐」

伸ばされた手に逆らわず、そのまま抱きしめられた。
強く胸に押しつけられて、苦しいのに嬉しい。

夢じゃない。
これは夢じゃないんだ。

「きみだと、すぐわかったよ。その瞳の色は、きみしかいない」

泣きそうな大佐の声に、オレはやっと理解した。

両親にも誰にも似てない、この髪と瞳の色。
これは、オレと大佐がこの世界で会うための目印だったんだ。





夢はもうまったく見ない。
それが少し残念だ。今なら、幸せに笑う夢の中のオレとあいつを思い切り祝福してやれるのに。


「愛してるよ」

ああ、やっぱり。

夢より現実のあんたのほうが、ずっと好きだ。






END,

520の日だから。
って、わけわかんないなコレ。

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