小話
□熱視線
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食事に誘われて、ついて行けばなんだかお高そうな店。予約したんだと言われて、ああそうなんだと気のないふりの声を出した。
「今日、中庭で誰かに告白されてたろ」
見てたの?なんて苦笑してみせたけど、あんたがいつもオレを見てることくらい知ってた。知っててわざと見せてたんだけど、そこは気づかないんだな。
「物好きが多いよね」
明るく言うと、相手は首を振る。昔からモテたじゃないか、なんて言われてオレは肩を竦めてみせた。
自分がモテることはわかってる。小柄な体とか金の瞳とか、そういうのがどうやらウケているらしい。リゼンブールから街へ初めて出た日から、オレはずっとモテまくりだ。断っても断ってもあとからあとから沸いて出るそういう男たちには、正直飽きてる。もうたくさんだ。
告白されたときの常套句は、好きな人がいるから、ってやつだ。たいていはそれで諦めてくれる。たまにストーカー化するやつもいるけど、それは力ずくで排除するから問題ない。
好きな人、は嘘じゃない。
ずっと好きなんだ。初めて会ったときから、ずっと。だから他の男のものになるわけにはいかないんだ。
そいつは初めて会った日から、オレを見てた。熱くて強い瞳で、いつだって見つめてた。離れていても、遠いどっかを旅しているときだって、オレは視線を感じてる。ときに暗く澱んだ欲を孕むその目を、オレは欲しいと思った。好きな人から向けられるその視線は気持ちいい。もっと見てほしい。もっと。オレの一番奥の奥まで、その目で愛してほしい。
なのに、そいつはなにも言わないんだ。オレよりずっと大人なそいつは、自分の気持ちを隠すことに慣れているようだ。あんなに熱い目で見るくせに、その唇はいつも穏やかに笑っている。なんでもない話や仕事の話はするのに、肝心なことは言わない。ふとしたときに絡む視線を先に外して、そういえば昨日ね、なんてどうでもいいことを話してごまかそうとする。
だから、オレはいつでも無防備なふりをしてきた。子供のふり。なんにも知らないふり。隙だらけのオレに、そいつの視線はますます強くオレに向く。
なのに言わない。誰かに呼び出されて告白されるオレを必ずどこかから見てるくせに。気になって仕方ないくせに、踏み出す勇気はないんだ。それで言えば告白してくる連中のほうがよほど思い切りがいい。
「ね、公園に桜が咲いてたよ」
食事が終わりかけた頃、オレは無邪気に笑ってみせた。
「散歩しねぇ?」
断られることはないと知っていて聞くと、相手はやっぱり笑って頷いてくれた。
誘われるままに食事について来るのも、危なっかしく夜の街を歩いてみせるのも。誰もいない公園で桜の木の下に立ち止まるのだって、計算のうちだ。
オレは子供だから。
なぁ、なんにも知らない子供なんだよ。
あんたが見ていてくれなきゃ、どうなったって知らないよ。
隣に来て木を見上げたそいつは、すぐにまた視線をオレに戻した。
見つめ返すオレと目が合う。真夜中の公園、満開の花。誰もいないし、街灯も少ない。これってかなりな舞台効果だと思うんだけど、どう?
「…………あの、」
「なに?」
明るい声で問い返すと、そいつは言葉に詰まった。オレから目を逸らし、迷うような顔で黙る。
迷う暇なんてやらない。
オレは相手の手をとって笑った。
「あっちにも咲いてんだ。見に行こうよ」
手が触れたくらいで赤くなるなんて。そんなにオレのことが好きなくせに、なんでまだ黙ってんの?
ぐいぐい引っ張った先は、公園の奥。わずかな街灯に、満開の桜が夜の闇に照らし出されていた。
「きれいだろ?夜に来てみたかったんだよな、ここ」
降るように散る花を手で受けて、にっこり笑顔を向けてみた。
「……ああ、うん。きれいだな」
そんなこと言いながら、目はオレから離れない。絡みつく視線に焼かれそうな気がした。
「………でも、ちょっと寒いな」
オレは苦笑した。もうひと押しだ。
「風邪ひくといけねぇし、もう帰ろっか」
さぁ、ここで言わなきゃ男じゃねぇぜ、あんた。
オレは帰るふりをして背を向けた。背後で息をのむ気配。
それから、腕を掴まれた。
「………話が、あるんだが」
オレは振り向いて、驚いた顔を作って待った。
ずっと待ってた言葉。
「きみが、好きなんだ……」
思い詰めた視線に、オレの体中が歓喜で溢れた。
「ほんとに?」
「本当に。好きだ。付き合ってくれないか」
オレの腕を掴んだその手が震えている。見つめてくる瞳は今にも泣き出しそうで。
「……ありがとう。オレも、あんたのこと好きだよ」
目を見開く相手の胸に抱きついた。すぐに背中にまわってくる大きな手が、躊躇いがちに抱きしめてくる。
「ずっと好きだったんだ……愛してるよ」
ため息みたいな声で囁かれて、オレは広い胸に顔を押しあてたままくすりと笑った。
やっと言ったね。
捕まえたよ、大佐。
もう、離さないから。
「オレも、好きだよ」
その黒い瞳で、オレだけをずっと見つめてて。
風に乗る花びらが、吹雪のように空へ舞い上がる。
「………うちへ来るか?」
今までより強く熱を帯びた視線。
オレは黙って頷いた。
END,
なんかちょっと微妙?