小話

□瞳を逸らさないで
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そわそわして目を合わせようとしない二人に、オレは意識して目線を強くした。

「なんか隠してる?」
「いや、別に」
「なんもねぇよ」
二人ともとぼけるのが下手すぎる。仕事のときほどとは言わないが、もう少しうまく誤魔化してもいいんじゃないか。
「………あっそ」
じゃあいい。くるりと二人に背中を向けて、オレはすたすたとキッチンに向かった。二人は慌ててついて来る。
「待てよエド!ほんとになんもねぇんだよ!」
「鋼の!なにか誤解してないか?」
「別にー」
オレは冷蔵庫を開けて、中から箱を二つ取り出した。頑張ってラッピングした、小さな箱。中身は今朝からのオレの苦労の結晶だ。
「………それ、まさか」
「鋼の、それは……」
二人が同時に箱を指差す。それにお構いなしに、オレは箱を抱えて冷蔵庫を閉めた。そのまま、次は玄関へ向かう。
「ちょ、どこ行くんだよ!」
「外はもう暗いぞ!」
言われるまでもなく知ってる。二人が仕事から帰ってきたのはもう夕焼けがすっかり消えた時間だったんだから。それから二人の挙動がおかしいことに気づいたオレに、二人がとぼけ続けて1時間少々。ドアを開ければ外は夜で、風が冷たく吹き込んできた。
「出かけてくる」
「ど、どこへ」
「これ、渡しに」
「誰にだ!」
口にしなくても、中身がどんなものだか二人にはわかっているらしい。

そりゃそうだ。だって今日はバレンタインだもん。

「じゃ、行ってきまーす」
「待て待て待て!」
少尉がオレの肩を掴み、立ち止まったオレの前に准将が回り込む。さすが素早い連携プレーだ。
「鋼の。それはあからさまに手作りっぽいのだが」
「そうだよ。朝から頑張って作ったんだもん」
「そんな頑張ったものを、誰に渡す気だ。二つ、ということは私たちにくれるつもりじゃなかったのか?」
「うん、最初はそう思って作った。でも、予定が変わったから」
「どう変わったんだよ!」
悲鳴みたいな少尉の声が後ろから聞こえる。オレはそれへ振り向いた。
「だって二人とも、様子がおかしいもん。きれいなおねえさんに告られて、オレと別れることにしたのかなと……」
「ないないない!」
「絶対あり得ん!誤解だ、鋼の!」
「えー?だってなんにも言わねぇじゃん。とにかくそこ退いてよ、オレこれ渡しに行かなくちゃ」
「だから、誰に渡すんだ!」
「オレに隠し事しない、優しい人に」
「ど、どこにいるんだよそいつ!場所言え、片付けに行く!」
少尉は今にも走り出しそうだ。
「場所はわかんないよ。今から見つけに行くんだから」
「み、見つけに?」
「今からって……」
オレは二人の顔を眺め、それから箱を抱え直した。

「じゃ、さよなら」

「わあぁぁぁ!」
「待ってくれ鋼の!捨てないでくれぇぇ!」

閑静な夜の住宅街に、その悲鳴はこだまを伴って響き渡った。どこかの家の窓が開く音がする。だが二人は気にならないらしい。
「頼むエド!どこにも行かないでくれ!」
「私たちが悪かった!お願いだ、捨てないで!」
土下座せんばかりにオレにすがりつく二人を冷たく眺め、わざと箱を二人に見せつけた。
「どうしようかなー」
「ああ、ほんと!ほんとに、すんませんっした!」
「ごめんなさい!だから許してください!」
オレの足や腰に抱きついて泣く国軍准将様とその腹心の部下を見下ろして、オレは意地悪く笑ってみせた。

「じゃあ、吐きな」

「…………」

「ことと次第によっちゃ、恵んでやらなくもねぇんだぜ?」

コ・レ。オレは箱をちらちら二人に見せつけた。

「…………鋼の……なぜきみは悪役のセリフがそんなに上手いんだ………」

「そんなんどうでもいい。吐くの?吐かないの?」

「……………降参だ」

二人は諦めたようにがっくりと項垂れた。










二人が乗って帰った車のトランクを開けると、周囲の空気が一気に甘くなった。
「うわ、すげぇ……」
トランクからはみ出しそうなくらいの量の、バレンタインチョコ。
「これ、全部もらったもの?」
「…………まぁ、そうだ」
「あ、でも義理がほとんどだよ!てか全部義理な、義理!」
渋い顔の准将と、わざとらしく明るい少尉。
オレはチョコの山を眺め、目につくものを手に取ってみた。丁寧にラッピングされてカードが添えられたそれは、明らかに本命チョコ。

二人はモテる。それは知ってた。
けれど、目の当たりにするとやっぱりちょっと胸のあたりが苦しくなる。

どれもこれもきれいなラッピングときらきらしたリボンがついていて、オレは手に持ったままだった自分のチョコに目をやった。
初めて作ったチョコレートケーキ。デコレーションなんて知らないから、スポンジにチョコをかけただけ。
トランクに詰まった高級そうなチョコがそれを笑っているようで。

黙ってしまったオレに、准将と少尉が眉を寄せた顔を見合わせた。
「だから、隠しておきたかったんだ」
「おまえが寝てからこっそり燃やすかどうかしようと思ってたんだよ」
燃やすなんて。
オレはこの山を家の中に運びこむことにした。




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