小話

□飾らない瞳で
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一緒に暮らして初めてわかることってあるよな。

意外な一面が見えたりして、それで惚れ直したり幻滅したりとか。

オレが准将と少尉と3人で暮らし始めて、その意外な一面てやつが目につき始めたのは1ヶ月くらいしてからだった。多分それまではカッコつけようと頑張ってたんだと思う。
慣れてきて緊張もなくなって、いるのが当たり前になってきた頃。
その意外な一面をたくさん見せられて、オレは微妙な気分になった。
幻滅したわけではない。だからって惚れ直すこともできない。
まあ、こんなもんか。
そんな気分だった。



今日は珍しく准将が休みだ。少尉は昼過ぎに出勤して行った。夜中に帰るから寝てていいぞなんて頭を撫でられたりして、なんだか新婚さんみたいなくすぐったい気持ちになった。

で、准将はというと。
まだ寝ていた。

あんなに眠れる人間がこの世にいるとは思わなかった。それくらい准将はよく寝る。いくら起こしてもダメで、油断するとオレまでベッドに引きずり込まれるので最近は放置している。
普段仕事で忙しくて疲れているんだろうと思うが、休みの日くらい起きてきて本を読んだり買い物に行ったり、いつもできないことをしようとは思わないんだろうか。

「おはよう、鋼の」
あくび混じりの声がして、振り向くと准将がキッチンの入り口に立ってこちらを見ていた。
「お早くねぇよ。もう昼過ぎてるぜ」
准将は寝るときいつも着ているトレーナーと緩いズボン(パンツではなく、あえてズボンと言いたい)という姿で椅子に座った。寝癖だらけの頭。伸びかけのヒゲ。ぼんやりと目を擦りながら少尉が読んで置いたままだった新聞を手に取った。
「鋼の、コーヒー」
「はいはい」
カップを准将の前に置き、向かいの椅子に座った。准将は飯はまだ食わない。起きてすぐは脳ミソも胃袋も活動してないらしい。

意外な一面その1はこういうところだった。少尉は休みも早起きで、朝飯の前には着替えてヒゲも剃っていた。寝癖も直してキッチンに来て、朝からよくしゃべって明るく笑う。どっか行くか、なんて言うのはいつも少尉だ。准将はそんなの言ったことがない。
逆かと思ってたから、すごく意外だった。

「鋼の。パン食べたい」
「はいはい」
しばらくしてからようやく准将は飯を食う気になったらしい。オレは食パンをトースターに入れた。
「昼飯にパスタ作ったけど。どうする?」
「あー。あと2時間くらいしたら食う」
「あっそ」
准将は新聞をたたみ、冷めたコーヒーを飲んだ。バターを塗ったパンを差し出すと、無言でかじり始める。脳ミソが目覚めるまでは准将は無口だ。最初の頃はなにか怒っているのかと思っていたが、そうではないらしい。要するに寝起きが悪いんだ。
ふぁ、とまたあくびをして、准将は立ち上がってリビングに移動した。ソファに座り、隣をぽんぽん叩く。
「鋼の」
「はいはい」
隣に座るとすぐに手が伸びてくる。オレを抱きしめると安心するんだそうだ。髪やデコやほっぺたにキスがたくさん降ってくるが、もしかしなくてもこいつの唇にはさっきのバターがついてると思われる。抵抗したってどうしようもないからすぐに諦めた。
「准将、ヒゲくすぐったい」
「そうか?」
言うと余計にヒゲだらけの顎をくっつけてくる。たいして濃いほうでもないと思うが、ちくちくする。
「ちょっと痛い」
文句を言うと准将は笑って、首元にもキスをした。唇の柔らかい感触とヒゲの固い感触が一緒にきて、思わず肩を揺らしてしまう。
そうなると准将はもう止まらない。嬉しそうにくすくす笑い、オレから服を剥ぎ取るのに夢中になる。

意外な一面その2。准将は昼間だろうが場所がどこだろうが、甘える。ベタベタする。すぐにその気になる。准将の気が向いたら、オレは夜までそのまんまだ。飯の支度も干しっぱなしの洗濯物もそのままで、服すら着せてもらえなくなる。
もうちょっとこう、淡白ってほどでもないが節度はあると思っていた。付き合い始めてから初めてここに泊まった日までは准将はキスもしなかったから、なんていうかこう。ギャップがすごい。
少尉は逆だ。キスくらいはするけど、いつも明るくておしゃべりで。友達みたいな感じと言えばいいか。つまり以前とあんまり変わらない。そういう雰囲気になったら昼間からしたりするけど、こんなにしつこくない。
オレってどんだけ少尉に失礼なイメージを抱いてたんだろう。ごめん少尉。

准将はひととおり終わるとようやく目覚めた顔でにっこりした。
「鋼の、お腹すいた」
「…………はいはい」
オレは起き上がってキッチンに行った。准将もついて来る。
「できたら呼ぶから」
「せっかく休みなんだから、きみを見ていたいんだよ」
好きにしろ。
オレは鍋に湯をわかし、さっき作ったパスタソースを温める作業に没頭した。舐めるような視線は無視だ。
「鋼の、コーヒーおかわり」
「はいはい」
「鋼の、ラジオつけて」
「はいはい」
「鋼の、爪切り」
「はいはい」
爪は切る気になってもヒゲを剃ろうとは思わないらしい。
縦のものを横にもしない、とはずぼらなダンナを持つ奥様たちが言う言葉だが、准将はまさにそれを体現していると思う。ずぼらというのとはちょっと違う。こいつの場合は甘えたいだけだ。



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