小話

□その瞳で愛して
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目を覚ましてみたら、目の前に青い瞳があった。

「おはよ、大将」
「んー」
目を擦って起き上がると、寝室はすっかり明るかった。外を見れば太陽はほぼ真上。
「………寝すぎた」
呟いたら、隣で笑う声がした。
「もう昼だぜ。飯どーする?」
言いながら伸ばされる腕に捕まって、オレはまたベッドに引き倒された。すかさず抱き込んでくる少尉から逃げようと暴れてみるが、全然ダメ。少尉はびくともしない。
「飯っつったじゃんか。離してくんねぇと作れねーよ」
「ん?言ったっけか」
少尉は笑いながらオレの耳元にキスをした。なんでこんな明るい部屋ん中で盛れんだよ。信じらんねぇ。
「オレは腹減ったの!離せ!」
間近に見える少尉の耳に向けて怒鳴ったら、ようやく解放してくれた。顔をしかめて耳を押さえてるけど、知るかっての。こっちは昨夜大変な目にあって、まだ腰が痛いし足がだるいんだ。付き合ってらんねぇ。
オレは改めて起き上がって、それからきょろきょろした。昨夜ハンガーにかけておいたふたつの軍服がひとつなくなっている。
「准将は?」
「とっくに出勤したよ」
仕方なさそうに起きた少尉が大きな欠伸をした。
「オレ今日は休みなんだ。な、飯はどっかに食いに行こうぜ」
「いーけど…でも材料あるよ?簡単でよければなにか作るけど」
「いいじゃんたまには。デートしようぜ、ふたりで」
オレの肩を抱き寄せてふざけたように笑ってみせる少尉は、ほんとはすごく優しいんだ。
オレが足腰辛いのを知っていて、キッチンに立たなくていいように気を使ってくれてる。そういう気遣いをさりげなく冗談に紛らせて言うから、そうと気づかないときもあるくらいだ。
「うん、じゃ行こうか」
少尉を見上げて言ったら、青い瞳が嬉しそうに細められた。



街へと走り出す車の中で、少尉はたくさん話をしてたくさん笑った。いつもそうだ。少尉はどこへ行っても明るくて、ふざけて冗談を言ってまわりを笑わせるのが得意なんだ。いつでも優しくて、おしゃべりなくせに聞き上手。空気を読むのがうまくて、真面目なときにはとことん真剣に向き合ってくれる。みんなが少尉に色んな相談をするけど、みんな最後には笑っている。悩んでたのがバカみたいだ、なんて言ってすっきりした顔で帰っていく。
だから少尉はモテる。手紙をもらったり直接告白とかされたりする。恋人がいるから、ごめんな。そう言って断っているのを偶然見てしまったことがあって、泣きだした女の人にとても申し訳ない気分になった。
友達が多くて、部下にも慕われていて、女の人にモテて。そんな少尉が、いったいオレのどこをそんなに気にいったんだろう。他の男と共有してでもいいから付き合いたいとか、そこまで思うくらい好きになってくれたことが不思議でしょうがない。
「どした?」
いきなり車を路肩に寄せて、少尉がこっちを見た。なんだか不安そうな目をしてる。
「なにが?」
「いや、じーっと見つめるからさ。気になった」
知らないうちに少尉を見つめていたらしい。オレは顔が赤くなってしまって、慌てて窓の外を向いた。
「なんでもねぇ」
「なんだよ、気になるなぁ」
少尉はオレのほっぺたをつついて笑った。深刻なことじゃないとわかったらしい。不安そうな色は消えていた。
「なんでもねぇってば」
「そんな真っ赤な顔して、なんでもなくねぇだろ」
ほっぺたをつついていた指がするっと唇を撫でる。オレはびっくりして振り向いた。だって唇を撫でるのは、キスをねだる合図。こんな街中で、歩道にはたくさん人が歩いているのに。
「ちょ、少尉…!」
「言わねぇとここでやっちゃうぞ」
少尉の顔は笑っているが、目は本気だ。
「だっておまえの赤い顔、可愛いんだもんよ」
冗談じゃねぇ。オレは慌てて両手で自分の口をガードした。けど、少尉がその気になったらこんなの無駄だ。オレは力じゃ絶対少尉に敵わない。
「……狡いぞ」
「内緒事するおまえが悪いの。さ、言ってみな?オレの顔に見とれてた理由」
「見とれてたわけじゃ……」
こうなったらどうしようもない。恥ずかしさで、オレは視線を外した。
「………ただ、少尉が」
「ん?オレがなに?」
「……オレなんかのどこを、好きになったのかなぁって……」
「へ…………?」
少尉の青い瞳が真ん丸になった。意外だったらしい。
「だってさ、」
オレは丸くなったまままじまじと見つめる瞳に耐えきれなくなって、急いで言葉を続けようとした。

そしてそのまま固まった。

固まったまま街の一ヶ所を見つめるオレに眉を寄せた少尉が、振り向いて車道の向こうを見た。

准将が、女の人と一緒に歩いていた。




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